玄関に居る
玄関に居る
私には少し霊感があるのか、年に数回程異様なものが見える事があります。
ただし私の場合は普通にそこらに居るのが見える訳ではなくて、自分の意識と視界だけが何処かに飛ばされて、そこから見えるんです。
何を言ってるのかわからないと思いますが、つまり普通にテレビを観ていると、突然にそこから意識が抜け落ちて、今度はテレビを観ている自分の後ろ姿を見ている事なんかが時折あるのです。
飛ばされる場所はまちまちで、意識が飛ばされている時も私の体は普通に動いたり、ご飯を食べたり喋ったりしています。
その日も私は唐突に、台所で料理をしているのに意識が飛ばされました。
意識が飛ばされるのは年に数回で、予兆もないので突然に景色が変わっていつも驚きます。そして――あぁ、イヤだなぁまた変なものが見えるんだ。と落胆するのです。
意識が飛ばされると、いつも全体的に紫色がかった世界が私を包みます。今回飛ばされたのは自分の家の玄関へと続く廊下で、私は首を動かしたり瞳を閉じたりする事も出来ず、ただ二メートル程先の玄関の方を、廊下の中央から見ている事しか出来ませんでした。
立ち尽くしていると、丁度私の右だけ転がった赤いスニーカーの上辺りに、黒い物が浮遊している。
なんだろうと見ていると、どうやらそれは人の後頭部らしく、長い髪が床にまで着いていました。
すると女とおぼしきその浮遊する首は、少しずつ少しずつ旋回して私の方に向いてきました。
この世界では視界を遮ることも、逃げることも出来ないので、私はゾッとしたままそれを眺めていました。
ゆっくりとこちらに向いてくる生首。
次第に女の真っ白い横顔が見えてきた――――かと思うと、女はそこから凄い勢いで首を捩り、私を正面に見据えました。
女は端整な顔立ちでしたが、眉間にシワを寄せ、充血した真っ赤な瞳を見開いて口元を歪ませていました。そして私を激しく睨み付けるのです。何か怨みでもあるかのようにとても激しく。
そして、私を見据えたまま、女の口が声もなく動きました。
――――…………。
女の口元が言わんとする事を読み取ると、気付けば私は右手のお玉で味噌汁をかき混ぜていました。
「え……」
突然に元の世界に戻された私は、お玉を置いて絶句しました。
女の口元は私を睨みながらこう言ったのです。
――――シネ。




