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扉にぶつかる女

   扉にぶつかる女



 隣町の企業で働く私は、いつも八時過ぎに自宅のアパートに帰っていました。

 残業もあってぐったりと疲れた体に鞭を打って、駅から十分ほど歩いて帰るのですが、道中に変な女が立っているアパートがあるのです。

 私のアパートから真っ直ぐ行った所にあるそのアパートは、二階建てのトタン張り、ドラマに出てくるようなボロで赤色の屋根は少し傾いていました。

 道路に面したそのボロアパートはこちらに側面を見せていて、二階の端の部屋。つまり道路から見て一番手前の部屋が、手すりの下の隙間からよく見えるのですが、そこにいつも黒いコートを着た女が立っているんです。

 その蛍光灯の消えた薄暗い扉の前に、ただ立っているだけでも不気味なのに、その女は上半身を前後に揺らして、その二階の手前の部屋の扉を規則的に叩き続ける――というかぶつかり続けているのです。


 ……ドン! ……ドン! ……ドン! ……と。


 その日の帰りもその不気味な女は居るようで、私は街灯の下を顔を伏せて歩きました。怖いのでそちらはなるべく見ないように俯いて。


 ……ドン! ……ドン! ……ドン!


 あの不気味な女の目的は一体何なのでしょうか? それに、アパートの住人はクレームをつけないのか……などと考えながらその規則的な音を耳に捉えていました。


 ……ドン! ……ドン! ……ドン! …………ガチャ


 不意にリズムが乱れたかと思うと、ドン! というけたたましい音の代わりに扉の開く音が聞こえました。


 何の用があったのか知らないが、毎日毎日、欠かさずあそこで扉にぶつかり続ける女が遂に部屋の主と相まみえたかと、思わずそちらに振り返ってしまいました。


 部屋からは四十代位の男が出て来て、女を正面にしました。


 そして男は何事も無いように女を無視して一階に降りて行きました。暗くてよく見えなかったのですが、女をすり抜けた? かのように思えました。


 ……ドン! ……ドン! ……ドン!


 再び扉にその上半身をぶつけ始めた女。男はそちらを一瞥もせずに、悠々とヘルメットを被ってスクーターに乗り、立ち止まってアパートを見上げる私を訝しげに見つめながら横を過ぎ去って行きました。


 ……ドン! ……ドン! ……ドン!


 何があったのかわからず呆然と立ち尽くして、そこから目が離せないでいると――――


 ……ドン! ……ドン! ………………………………


 不意にぶつかるのを辞めた女が、首を捻じ曲げて勢い良く私の方を見ました。


 声ともいえぬ音を口から発した私は、走ってその場を立ち去りました。


 無我夢中で自宅のアパートまで走り、そこで一度だけ振り返ると、先ほどまで私が立ち尽くしてアパートを仰いでいた街灯の下に、こちらを向いた形の黒いコートの女が居ました。


 私は急いで自分の部屋に駆け込んで、警察に電話しました。



 結局、警察は私の言う黒いコートの女を見つけられず、毎日八時頃に扉に激しくぶつかっているという事も、アパートの住人は知らなかった、との事を私に話しました。


 そんな筈はないと抗議したのですが、警察の人たちは「またこういうことがあったら呼んでください」と言って首を傾げたまま、帰って行ってしまいました。


 しかし不思議な事に、本当に次の日からあの扉にぶつかる女は居なくなったのです。

 安心したような、不思議に思うような気持ちでしたが、私もあの黒いコートの女が居なくなりホッとしました。


 

 今日で丁度、黒い女が消えて二ヶ月になります。

 今日私のアパートに遊びに来る予定だった彼氏が、約束の八時半になっても訪れず、代わりにその時間ピッタリに電話をかけてきました。

「誰かがお前の部屋の扉にぶつかってるけど。うん、今だよ」

 自宅で待っているのに、私にそんな音は聞こえません。

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【実話怪談を収集しています。心霊、呪い、呪物、妖怪、宇宙人、神、伝承、因習、説明の付かない不思議な体験など、お心当たりある方は「X」のDMから「渦目のらりく」までお気軽にご連絡下さい】 *採用されたお話は物語としての体裁を整えてから投稿致します。怪談師としても活動しているので、YouTubeやイベントなどでもお話させて頂く事もあるかと思います。 どうにもならない呪物なども承ります。またその際は呪物に関するエピソードをお聞かせ下さい。 尚著作権等はこちらに帰属するものとして了承出来る方のみお問い合わせよろしくお願いします。
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