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石山の神様


   石山の神様


 今年の6月22日に母が亡くなりまして、今日は少し、四十年前にあった母の話をさせていただきます。

 青森県某所の村にあった我が家は《神様》の家系でした。

 神様だなんていうと仰々しいのですが、その村で呼ばれる神様とはすなわち、祟りやお祓い、失せ物や因縁などの相談を受けて助言をする霊能者の別称と思っていただければいいかと思います。

 母はその村で《石山の神様》と呼ばれていました。

 かと言って、僕にもその才覚があるかと言うと、それが全くそんな事も無く、僕には霊感の一つさえありませんでした。

 不思議な話なんですが、うちの母が持っていた神がかり的な力には、隔世遺伝、女、と言う条件が付いているのです。ですので僕はその力に恵まれなかった、という事になるのかも知れません。

 先程――神がかり、という言葉を使わせていただきましたが、確かに母には、そう表現しても良いくらいに、不思議な力がありました。

 例えば、まだ何の連絡も無いのに、この日、この時間にこう言う人が来る、と言うと、本当にその時間に相談に訪れる。

 この日のこの時間に外に出るなと忠告した人が、うっかり忘れて外に出たら交通事故に巻き込まれた。

 などなど、母は良くそうして、予見を行なっていました。

 しかし母にはその予見の能力を使って、どういう訳か絶対に会おうとはしない人物がいました。

 それは僕の家から10キロほど離れた隣の村に住んでいるTという中年の女性で、母は絶対にそのTさんに会おうとしないのです。

 ある日僕が母にその理由を聞いてみると「置いていかれると困る」とボソリと言っていました。


 僕の住んでいた村は地域の繋がりが強く、よく集会所に集まって宴会をしていました。三部屋続きの座敷の襖を全て外して大広間にして、長机を並べて村の人たちで飲み食いするのです。そんな集まりが秋口にあった日の事でした。

 いつもは明るい母が憂鬱そうにしていて、「せっかく避けていたんだけど、とうとうTさんと話をしなくちゃいけなくなった」と言い出しました。Tさんは隣の村に住んでいるので地区が違ったのですが、今日この集会に来るのだと言うんです。おそらくTさんの思惑としては、何度戸を叩いても対応してくれない母に、こういう期に乗じて接近するのが目的だったのでしょう。

 ですが僕は正直なところ、何故母がTさんの相談に乗ってあげないのかと不満に思っていました。

 何故なら噂では、祟りという言葉がぴったり来るぐらいに、Tさんの家には不幸な出来事が重なっていたそうですから、助けてあげたらいいのに、とそう思っていたのです。


 ――Tさんの家族は、Tさん、旦那さん、娘1人、旦那さんの両親、犬が二匹という家族構成でした。

 最初は近所の人からその2匹の犬が死んだという話を聞きました。昔でもあり、放し飼いが当たり前の所なので、何か変な物を食べたか病気だろうと言われたりもしていたのですが、同時に、Tさんの義父が犬がうるさいという理由で農薬を飲ませて殺したという噂も立っていました。

 それからは夜中にTさんの家の前を通ると、居ないはずの犬の唸り声がするとか、庭木の間から犬の目が睨んでいたとか、そんな噂が立ち始めたんです。

 それから少し後に、今度はTさんの義父が、木の枝払いをしていた際の転落事故によって亡くなったらしいんです。

 さらにそれから後に、Tさんの旦那さんが農薬を飲んで自殺してしまったと噂になっていました。

 そんな恐るべき不幸が続いたかと思うと、今度は、Tさんの義母が近くの池で入水自殺をしてしまったんです。自ら命を絶ってしまった息子の後追い自殺という事でしたが、その事は地元新聞にも報じられて、僕たち子供たちはその池に遊びに行くのを禁じられました。


 Tさんがうちに相談に訪れる様になったのは、嫁に行く娘の花嫁衣裳が燃えたと言う噂が立った少し後でした。元旦の夜に仏間に下げていた衣裳が突然燃えだしたらしいのです。

 Tさんは身辺に巻き起こったこの一連の、尋常ではない怪異の連続に、石山の神様に相談したらどうだと近所の人に言われたらしいのです。それがTさんが母の事を知るキッカケだったそうなのです。

 しかし母は前述したように、何故かそんなTさんに二年間もの間、絶対に会おうとはしなかったのです。


 僕はいつも陰気な顔をして俯いていたTさんに少し同情していました。だから今回、ようやく母がTさんと会う決心をしてくれた事にホッとしていたのです。

 そして……いや、やはり、と言うべきなのでしょうか? Tさんは母の言った通り、本当に僕たちが宴会をしている集会所に現れました。

 Tさんは集会所に上がるや否や、早速母の前に歩み寄って来て、深くお辞儀をしました。

 一つ嘆息をした母はやはり乗り気では無いのか、露骨に嫌そうに視線を外しながらも、渋々と集会所の一番奥にある四畳半の座敷に入って、Tさんを招き入れました。

 僕はどうしても母とTさんの話が気になって、二人が入って行った部屋の締め切られた襖にひたりと耳を付けるような形で、息を潜めてそこに座っていたんです。


 母はTさんにいきなり、「夜は眠れますか? 娘さんは病院に入れましたか?」と切り出しました。娘さんは結婚どころではなくなって、精神的におかしくなってしまったと言う噂があり、母もその事を言ったのでしょう。

 Tさんはしばし黙り込んでいました。

 すると母は矢継ぎ早に、「何で私のところに来たの? 何回も断ったのに何で来ちゃったの?」と言い始めます。

 Tさんは「ここ数年の間に祟りにでもあったように不幸が続いているから相談に来ました」と答えました。

 すると母が「そうだね祟られてるね。娘さんの花嫁衣裳が燃えちゃったものね。でも祟られて起きた不幸はそれだけでしょ」そう言いました。

 つまり母は、一連のTさんを取り巻く連続死と祟りとは関連性が無いのだと言っているのです。

 僕が耳を疑っていると、襖を一間隔てた向こうで、Tさんが息を呑む音が聞こえて来ました。

 そして母は続けたんです――


「あんた犬がうるさいからって農薬飲ませて2匹とも殺したでしょう。義父さんの頭にナタ振り下ろしたでしょう。旦那さんと義母さんを毎日責めてノイローゼにさせて、旦那さんが農薬飲むのも知ってて止めなかったでしょう。早く引っ越そうって、町で暮らそうって毎日責め立てて、旦那さんが自殺したら義母さんのせいで自殺したっていじめたでしょう」


 側で聞き耳を立てていた僕は、母の余りの危機迫る様な物言いに、言葉を失っていました。

「そんなこと……して……いませんっ」

 Tさんが言った。

 すると母が噛み付く様に返した。

「あんた私をなんだと思ってるの? みーんな見えでるんだよ。あんたの横で義父さんが「この嫁っ子ァ嘘つきだ! わいばナタで殺した」って言ってるよ。茶色いのと黒い犬も2匹、口から泡垂れ流してあんたに吠えてるよ」

 柄にも無く感情を昂らせて、方言混じりの言葉遣いに変わっていった母が、最後に嘆く様に言いました。


「あんたぁ、もう私の話聞いてしまったから今日からずーっと逃げられなくなったよ。もう夜も寝れなくなったよ。何で私の所に来たの……」


 Tさんの声は聞こえない。


「旦那さんが自殺した? 義父が木から落ちた? 義母が後追い自殺をした? 確かに警察がそう判断している限り罪には問われんでしょうが、やったあんたはそれを知ってる、私も知っている。殺された義父も知ってるし、みんなあんたがしぬまで苦しめるつもりだ」


「たすけて…………ください」


 蚊の鳴くようなTさんの声が聞こえた。


「私に会いに来なければ知らないで済んだのに……この業は深すぎる。私にはどうする事も出来ない」


 それからは、Tさんのすすり泣く声だけが襖の向こうに聞こえていました。

 そして――

 いつしか襖に体を預けていた僕の体が突如とした浮遊感に襲われ、世界がひっくり返っていました。


「あんたもわかったか。人が見たまんま可哀想なだけと思うな」


 身を預けていた襖を思い切り開け放たれ、畳の上に仰向けに転がった僕を見下ろして、母はそう言いました。


――――――――――――


 Tさんの家にいつから人が住まなくなったのかわかりません。前を通るときは家の方を見ないようにしていましたし、廃屋になっていても近くになんか怖くて行けませんでした。


 無責任な話ですが、Tさんも娘さんも今どこにいるのか、生きているのかも全くわからないですし、知りたくもないです。



 これが、僕の記憶の中にある母の、一番強烈な思い出です。

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【実話怪談を収集しています。心霊、呪い、呪物、妖怪、宇宙人、神、伝承、因習、説明の付かない不思議な体験など、お心当たりある方は「X」のDMから「渦目のらりく」までお気軽にご連絡下さい】 *採用されたお話は物語としての体裁を整えてから投稿致します。怪談師としても活動しているので、YouTubeやイベントなどでもお話させて頂く事もあるかと思います。 どうにもならない呪物なども承ります。またその際は呪物に関するエピソードをお聞かせ下さい。 尚著作権等はこちらに帰属するものとして了承出来る方のみお問い合わせよろしくお願いします。
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