真夜中の清掃員
真夜中の清掃員
Yさんから聞いた話し。
Yさんは幼い頃に父親から聞いた話の中で一番印象に残っている病院で見た清掃員の話をしてくれた。
ある日Yさんの父親は、親戚の急病があり、病院の深夜待合室の固い長椅子に座っていた。
冷たい雨の降る、秋口の暗い真夜中であったと言う。
おっとり刀で駆け付けた為に、手には財布と車の鍵しか持っていなかった。
やがて自分に何か出来る事も無いという事が分かってくると、今度は手持ち無沙汰になって来た。
程なくすると廊下の角から、鼠色の作業着に身を包んだ清掃員が現れた。そしてYさんの父親の座る長椅子周辺を掃除し始めたという。
こんな時間にも清掃をするのか……。
Yさんの父親は率直にそんな事を思ったらしいが、夜間の救急受付をしている様な大きな病院では珍しい事でもないのかもしれないと思い直した。
――サッサッサッ。
自分の座席のすぐ足元を箒で掃き始めた清掃員に向かって、何の気なしに話し掛けてみた。
「こんな時間に仕事なんて大変だね」
すると清掃員の男は目深に被った帽子を少しもこちらに向ける事もせず、せっせと足元を箒で掃きながらこう言ったという。
「いやぁ、この病院には世話んなったもんで」
視線こそこちらに寄越さないが、その清掃員の声音はひどく温和そうに聞こえ、悪い印象は持たなかった。
程なくしてから清掃員は廊下の奥へと歩み去って行った。
それからYさんの父親は受付のナースに呼ばれて色々と書類のサインをし始めたと言う。
「いやあ、看護婦さんも清掃員も大変だね、こんな深夜に」
何の気なしにYさんの父親が世間話をして見ると、カウンターを挟んで正面に立っている、ナースキャップを被った看護婦が目を見開くのが見えた。
「また出たんですか? うち深夜に清掃なんて入れてないんです」
……こんな話を聞かせて貰った。
ちなみにその清掃員の方は昔にこの病院で亡くなった患者さんであるらしく、「世話になったもんで」と言って作業着姿で病院を清掃しているその姿が、度々目撃されているらしい。
この病院は今でも大阪にあるらしいが、何処の病院なのかまでは、Yさんの父親が何年も前に亡くなっている為に不明である。