変な絵
変な絵
Yくんが小学四年生の頃。宿題を学校に忘れてしまったので母親に学校に取りに行く様に言われた。
時刻は既に七時を回っている。この暗い闇の中での幼い少年に向けての提案はまるで鬼かの様にも思えるが、そうではなく、Yくんの家から小学校までは五分とかからないのである。というか目の前だった。窓に目をやれば校庭が見えている。
とはいえYくんは頭を悩ませる。学校に忍び込むにしても、いつも使っている北門は高くて登れないし、正門にはカメラがついている。
散々悩んだYくんだったが、普段は使わない裏門がある事を思い出した。
難なく校舎へと侵入する事が出来たYくんだが、夜の校舎というのはとにかく不気味で、真っ暗い廊下に点々と非常灯の緑色の明かりがあるばかりである。
コツンと鳴る自分の足音も何処までも響いていく様だった。
ただ一つ困った事に気付く。どの部屋も施錠されてしまっているのだ。
仕方なくYくんは職員室へと向かう事にした。するとまだ電気がついている。
億劫だったがドアをノックすると、すぐに若い女の先生が出て来て叱られた。そして事情を話すと、Yくんのクラスの鍵を渡された。一人で行けという意味らしかった。
四年生の教室は三階建ての校舎の二階にあったので、Yくんは二階に上って教室を目指した。
暗く静かな学校はあまりに不気味だったらしい。トイレの中から聞こえる水滴の音、風でガタガタと揺れる窓……
それでもYくんはなんとか教室へと辿り着いて宿題を回収する事に成功した。
一大ミッションを終えたYくんは一階へと下りていった。一階の廊下には美術品の絵画が並んでいるのだが、その内の一つに“呪いの絵”と言われる、ドットで描かれた様な不気味な女の抽象画がある。
夜に見るとことさらに不気味である。そしてどうしてか、怖いからこそ見てしまう。
「あれ? こんな色だった?」
Yくんは、普段横目に見ているこの呪いの絵が、昼間に見た時とは色が変わっている様に思ったという。
とはいえそれは些細な違和感で、すぐにその事に気付いて飛び上がった訳でもなかった。
職員室に寄って鍵を返したYくんは、そそくさと廊下を戻っていった。
――そしてもう一度呪いの絵を目にする。
「元に戻ってる」
違和感を持った筈の絵画の色が、元の馴染みのある色合いに戻っているのだ。
……まぁ、かと言って、では先程まではどんな色をしていたのか? と聞かれればハッキリとは答えられない。そんな些細な違和感だった。
後日、Yくんは教室で昨日の体験と色が変わった呪いの絵の話をした。
怖いもの見たさもあってか、みんなで呪いの絵を見にいく事になった。
そして絵の前に立ったYくんは自慢げに解説を始めた。
「ほら、女の左上の赤い所が緑色になっていて……」
「え、赤?」
「左上は青だよ」
「え、この絵の左上の色は緑でしょう?」
「今見てるこの絵の事だろ? みんな何言ってんだよ、赤いじゃないか」
どういう事なのか、今全員で呪いの絵を前にしているというのに、みんなの言う絵画の色が違う。
全員は頭を捻ってしまった。
「そうだ、いいこと思いついた」
そこでYくんは奇策を思い付いた。Yくんの学校では孔雀を飼っていたそうである。その色鮮やかな孔雀を全員で見に行って
「ほら、あの羽は緑だ」
「緑!」
「あの首は青!」
「青!」
……と、みんなの頭の中でズレた色の認識を修正したらしい。小学生らしい妙案である。
そして例の呪いの絵に戻ると、
「あれ、赤い」
「赤だね」
「赤だ、なんでさっきは緑だなんて言ったんだろう」
……と、皆が口々にしていた絵の色が統一されたそうである。
実はこの呪いの絵はYくんの学年だけではなく、絵の色が変わる。みんなの頭の中でイメージする絵の色が違う。と歴代で語り継がれる学校の七不思議の一つであるらしかった。
*追記
残念ながら例の呪いの絵は、子供達があまりに不気味がるという理由で何年も前に取り外されてしまったらしい。