消える少女
消える少女
私の母は当時、古びれた学生寮で生活をしていました。
一部屋は両サイドに二段ベッドが置かれた四人部屋で、母は左のベッドの下で寝ていたそうです。
ある時から、消灯時間が過ぎると、母の枕元に幼い少女が現れて、こちらに背中を向けながらしくしくと泣く様になりました。
それも夜のふとした瞬間に現れるのではなく毎晩の事で、夜中母の枕の側に立ち尽くし、こちらに背を向けながら朝方まで泣いているのです。
暗い室内に悲しげに頭を上下させる少女が立ち続けている……部屋には普通にルームメイトが寝ているし、時折トイレに起きて女の子を擦り抜けて行ったりもする。
そんな事が続いたそうです。
母は所謂みえる人で、私を産むまでは、余りにもハッキリと、そこらにいる人と区別がつかない程に霊を日常的に目にしている人でした。
母はルームメイトを怖がらせるので少女の事は言わなかったそうです。それと経験的に霊と目を合わせてはいけないという事を理解していたので構う事もしなかった。「なぁ見えてるんやろ?」と街中で目を合わせてしまった霊に迫られた経験は一度や二度じゃ無いそうですから。
……しかしいつまで経っても少女は泣き止む気配も消え去る事もない。そのまま数ヶ月と経過してしまった。
夜半、目を覚ますと自分のすぐ目前に上下する少女の後ろ髪がある。
「うっ……う」
という嗚咽が漏れ出して自分にだけ聞こえ続けている。
いい加減に辟易した母は、ルームメイトが寝静まった頃に少女へと話し掛ける事にしたのです。
「どうしたの?」
トントン、と少女の肩を叩いた。そこに本当に女の子がいるかの様な感触だった。
しかし、女の子は触れられた事にビクりとした様に肩を跳ね上げたのです。
そして母へと振り返る――
今思えば、それは私だったそうです。
母は、それから十年後に産み落とす事になる、まだなんの縁もゆかりも無い娘である私の存在を、毎夜枕元に見ていたのです。
私はそのまま、すぅ、といなくなり、それから現れる事は無かった様です。
そんな事を思い出したと、今年の母の日に告げられました。
無事に産まれてくれて良かった、と言われました。