焼けた家屋
焼けた家屋
自宅の側で火災があった。
かなり大きな火事でニュースにもなっていた。
ひしめく住宅街から上がった炎に、地元住人は阿鼻叫喚として集まり始め、無数の消防車とパトカーが細道を占拠していた所に、俺は居合わせた。
ホースを担いで走り去っていくオレンジ色の消防服を横目にしながら、初めて生きている炎を見た。
俺はキャンプなんかで焚き火もしたりする。炎なんかは見慣れているつもりでいたし、むしろ癒やしの存在の様に思っていた。
だけど俺はその日、自然の脅威を思い出した。
もこもこと盛り上がっていく黒煙は強風にも散り散りにならず、密集してうねり、躍動し、強烈なエネルギーを空に逆巻かせていた。火災現場より立ち上る炎は、周囲に灰と悪臭を漂わせながら、衝撃的な熱波を吹き上げて、人が一生を過ごす筈であった一つの家屋を、あっという間に赤い炎で焼き焦がした。
スマホで撮影する野次馬に混じって俺は見た。ごうごうと煮え滾る炎が、家屋の二階部分より吹き出して道路に灼熱の色を見せる様を。時折爆発する様な音を上げる豪炎の盛る炎の脅威を。空に巨人の様になって、俺達を見下ろし続けた猛煙のその高さを。――その日は皮肉みたいに快晴の、濃い青の空をしていた。
懸命な消火活動の結果、火事はその一軒に留まり広がる事は無かった。
しかしその家屋は前面のみ形を残して倒壊し、ニュースで見た所によると、自宅に住んでいた八十代の男性とも連絡がつかないといった事であった。
しかし俺は見てしまった。タンカに乗せて救急車へと運び込まれていく――青い布を被せられた、人のようなサイズの何かを。
当然連絡がつかない筈である……つまりそれがその八十代男性の……。
いや、言うまい。垂れた煤だらけの指先がシートの下に押し戻されるのなんて、俺は見ていない。
まやかしだ、幻影だ、あれが人であった筈は無い。
俺は不幸にあった人間の遺体など、見ていない。
見ていないのだ。
それから一週間が経過した。
――俺は脳裏にこびり付いたあの光景に囚われたのか、夜眠れなくなった。
そうして真夜中に暇を持て余した。
夏の暑い夜だったからか、誰も居ない真夜中の町を、原付きに乗って風に当たろうと思った。
……自然と、行き先のない暗闇の旅路は、あの火災跡へと向かっていた。
驚いた事に、あれから一週間が経過しているというのに、その一画に立ち入った瞬間に焦げ臭いにおいが鼻腔をついた。
それを目視した瞬間に、得も言えない恐怖感を覚えた。
俺は真夜中のひっそりとした暗闇の中で、一人その家屋に近付いていく。
半壊した黒焦げの家屋はそのままになっていた。二階部分は全解していて黒焦げの梁が見えた、一階の窓は当然打ち破れ、引き戸の玄関は閉められていたけどひしゃげている。
あらゆる隙間から垣間見える内部の様子を見ていると、何やら薄ら寒い感覚を覚えた。まるで誰かにジッと見られているかの様な冷たい視線、ゾッとする様な怖気が走る。
暗闇の町中に一人、俺が居る。耳鳴りがする位に静謐としている。
――けれど何かに取り憑かれたかの様に、俺は家の中を覗くのを止められなかった。
歪んだ玄関の隙間から中を覗いていると、丸焦げになった内部の様子が見えた。倒壊したままになって奥のアパートに寄り掛かった壁、今にも崩れ落ちそうになった黒焦げの骨組みと荒れ果てた屋内の様子。
何故俺は、一体何にその時……取り憑かれていたのだろうか? ナニカに魅せられた俺はポケットからスマホを取り出して、その様相をカメラに収めようとした。
レンズ越しに、焼け果てた一軒の家屋を撮影する。
もしここにこの家の住人がなんかが居たら、俺の行動は非難されるだろう。その火事で、無念に焼け死んでしまった者が居たというなら尚更に……俺にだってそれ位の自覚はあった。
けれどやめなかった、やめられなかった。
ムービー撮影にして黒い焼け跡を記録する。
ひしゃげた玄関の隙間から。
人の不幸を嗤うみたいに。
アトラクションか何かの様に、
愉しむみたいに……。
――一瞬、白い何かがそこに映り込んだ気がして、俺は画面から目を離して肉眼で家を確認した。
けれど、やはり変哲も無い。
それから撮影を続行し、満足の行く映像が撮れたとスマホをしまった。
そうして原付きにまたがって、芯から凍えさせられる妙な妖気に怖怖としながら、一度振り返った。
すると打ち破れた窓の所に、蝋燭の様に白い顔をした老人が立っていた。
黒い焼け跡を背景にしているから、その存在は浮き彫りだった。
憎む様に俺を……そのギョロリとした目で睨んでいた。
悲鳴を上げてその場を逃げ去った。
静かな町に俺の悲鳴が反響していた。
その時撮影したムービーは、どうしてか保存されていなかった。
写真はしっかり残っていたが、あの白い老人の姿を無かった。
その件と因果があるのかわからないが、俺はそれから数週間後に、軽いボヤ騒ぎを起こした。
ホコリの積もったコンセントをそのままにして、そこから出火した火の粉が飛んで、悪い奇跡みたいに、近くにあったティッシュに引火した。
……こんな偶然があるのだろうか?
これはあの、恨めしそうにした白い老人の――……。