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古い原付き

   古い原付き


 めちゃくちゃ古い原付きを買ったんだよ。キャブ式? って奴の、もうなんか見るからにレトロなの。納車前に手入れはしてくれたみたいだけど、それでもそこら中サビサビでさ。まぁそれが逆に良かったんだけどね。この原付きは一体これまでのに何人の人間を乗せたんだろうな、なんて考えたりしてさ。俺そういうの好きなんだ。

 それでもさ、やっぱり名器だね。なんの問題もなく動く訳。もし壊れたとしたって日本で一番乗られてるバイクだからさ、パーツなんて幾らでもあるし、そう高くもない。バイク屋のおっちゃんから聞いたんだけど、このバイクは壊そうと思わなきゃ壊れないんだとさ。日本一周して唯一壊れなかったバイクらしいぜ?

 燃費にしたってしっかり測ってねぇけど、とにかく良くて、多分リッター五十とかあるんじゃねぇのかな? 車庫証明もいらないから駐輪場にそのまま置けるし、50CCだから自動車税とかも安いもんだしな。低賃金のブラック企業で働く俺からしたら、もう最強の相棒だった訳よ。


 ――まぁ、

 もう乗れねぇけど……。


 俺がまぁまぁ高い金を出して購入した最高の原付きは、とある事件をキッカケにして恐怖の対象になっちまったんだ。

 今日は、その時の話をするよ。



 原付きを買った。もっぱら車派だった俺は、バイクに乗るのなんて高校生ぶりで、とにかくはしゃいで乗りまくってた。あ、ちなみに俺は今二十七だ。

 約十年ぶりの原付きは、あの頃の青春を取り戻したみたいで気持ちが良かった。

 余りにも気持ちが良くて、よく夜中に、静まり返った街の中を疾走してた。


 それは確か夏の、深夜の事だった。Tシャツ短パン姿で原付きに跨った俺は、意気揚々と静まり返った車道を飛ばしてった。

 最高な気分だった。だって昼間は車がビュンビュン行き交って、たった十キロ先まで行くのにも一時間掛かる道なんだ。そんな道程を、今は風になって数十分間で乗り越えられる。


 灯る夜の外灯と、遠くに煌めく街中の輝きが一瞬にして過ぎ去る。茹だる暑さも忘れて俺は、全身に風を浴びていた。


 大きな川を越えていく橋がある。昼間この道を通る時には気付かなかったが。いま、一人この橋を走っていると、そこから見える景色の美しさに心奪われる。

 夜の町の輝きの中、川の上だけはポッカリと闇だ。

 等間隔にオレンジ色の外灯が続き、吹き抜けていく風が頬を撫でていく。

 そんな光景に心奪われながら、ふと前方の信号に気が付く。

 今は青だが歩行者用信号が赤に変わった。もう車道側の信号機も赤に変わるのだろうと予測して、速度を緩めていったその時だった。

 停止する前にはいつも、無意識に右のサイドミラーを覗く。真後ろに車が居たりしたら突っ込まれるからだ。

 

 だからその時も俺は、一人闇の上に走る外灯の下で、周囲に自分以外の車やバイクが存在しない事だってわかり切っていながらも、丸いミラーを覗いた。




 居た。


 俺は、一人なんかじゃ無かった。

 いや……いや、()()()()()()()()()()()()()()


 何を言ってるかわかんねぇだろ? 

 俺だってわからなかった。


 その時起きた事を、そのままここに記す。


 前方に灯る信号機が案の定赤になった。

 俺は背後に誰も居やしない事をわかりきっていながらも、ルーティンとして停止する直前に右手側のミラーを覗いた。

 闇を背景にしたミラーに、過ぎ去る外灯のオレンジが点々と流れていって……異変に気付く。

 どうしてだろう、俺は半袖のTシャツを着ている筈なのに、そこにはズタボロのつなぎを着込んだ腕が見えた。

 思わずミラーを覗き込んだ。

 俺の顔が半分映って、背後が見える――


 筈だった。


 そこに見えたのは、横断歩道の白線みたいに真っ白い顔をした。爺さんだった。

 蝋人形みたいにカチコチになってさ、表情なんて動かないし瞬きだってしないんだ。工事現場で使うみたいな、傷だらけの黄ばんだヘルメットを被ってさ、呆然と前を見てんだよ。てかよく見たら、そのヘルメット右側半分ペシャンコに潰れてる訳。いや間違い無くそれ被ってた奴死んだよね、て感じの。


 何が一番怖かったかってさ。


 その真っ白い爺さん。


 ()()()()()()


 いやだから、運転してんだよ、俺の原付き。

 本来ならそこに俺の顔が半分映り込むんだよ。そんで背後が見える。でもそこに見えてんのは、


 ――その爺さんの顔だけだった。


 俺が何処にも居ねぇんだ。

 俺がその真っ白爺さんになって原付きに乗ってたんだよ。


 ちびるくらい驚いて、飛び上がった拍子に右手のアクセルを捻っちまった。

 あぶねぇと思って急ブレーキしたんだけどさ、その時にはもう右手の青信号を直進して来る大型トラックのヘッドライトに照らされてて、もんのすごい音量のクラクションを鳴らされて――。


 あ、死んだと思った。


 鼻先スレスレで、トラックの長い車体が俺を通り越していった。



 それが俺がこの原付きに乗らなくなった理由。

 もう売らなくっちゃな……まだ駐輪場にあるんだよ。

 え? まぁいいだろ。幽霊が憑いてたって減額なんてされないし。

 それに俺だって、そんないわく付きのバイクを掴まされてんだ。

 次に乗った奴も同じ目に遭うなんて限らねぇし、第一幽霊が憑いてるなんてどうやって証明するんだよ?


 そうだろ? 

 知った事じゃねぇよ。

 誰かが喜んで乗るだろう。

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【実話怪談を収集しています。心霊、呪い、呪物、妖怪、宇宙人、神、伝承、因習、説明の付かない不思議な体験など、お心当たりある方は「X」のDMから「渦目のらりく」までお気軽にご連絡下さい】 *採用されたお話は物語としての体裁を整えてから投稿致します。怪談師としても活動しているので、YouTubeやイベントなどでもお話させて頂く事もあるかと思います。 どうにもならない呪物なども承ります。またその際は呪物に関するエピソードをお聞かせ下さい。 尚著作権等はこちらに帰属するものとして了承出来る方のみお問い合わせよろしくお願いします。
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