幼少期の記憶
幼少期の記憶
俺には二歳位からの記憶がはっきりとある。
それが殊更珍しい事であると知ったのはついぞ最近の事だった。
俺は昔、それこそ二歳から四歳位までの期間、父親でも母親でもない奴にずっと遊んでもらっていた。
――ずっと。
朝から晩までずっと俺の側にそいつは居た。幼すぎた俺はそれが異常だとは考えるわけもなく、当たり前の光景としてそれを受け入れていたと思う。
天井から顔を突き出して長い髪を垂らすそいつを不思議に思って眺めていると、良く母親に心配された。
「何か見えてるの?」といった風に天井を見上げるが、母親には見えていないらしかった。
目覚めると、目と鼻の触れる距離にそいつは良く居た。爛れた顔面に血走った眼。左目は空洞になって、唇は無く、そこにはぽっかりと穴があるだけだった。
そいつが覗き込むもんだから、その脂ぎった長髪が俺の顔にかかって、ベタベタとするのがその時は面白くて、無邪気に笑っていたと思う。
両親に連れられて外に出るときも、風呂に入るときも、そいつは俺の後ろを這うような格好でしっかりとついてきて、片時も俺から目を離すことが無かった。
そいつの名前は知らなかったし、そいつは喋ることもなかった。こちらから話し掛けると、ぶるぶると体を震わせて反応するだけだった。
しかし、そいつも一度だけ俺に向かってその口を開いたことがあった。爛れ過ぎて唇の無くなった口で。
そいつが消える最後の晩の事だった。その時の俺はそいつがそれ以降姿を見せなくなることも知らなかったし、そいつの話した言葉の意味もわからなかった。
そいつは両親と川の字になって眠る俺に股がるようにして足元から這うようにして現れた。
俺はもうそいつの容姿には馴れていたし、家族のようなものだと思っていたので別段驚かなかった。
するとそいつは、俺の顔を舐め回すようにしてじろりと眺め、一つだけ残った目を白く剥きながら、異様な上目をすると、そのまま俺の顔にその爛れた顔面を近寄らせてきた。
興奮したような吐息。規則的に上下するそいつの肩。脂ぎったざんばら髪が俺の顔に降ってくる。
そいつは腰辺りから下が、つまり下半身が無く、腹からズルズルと長い腸を引きずって這い回っていた。
男か女かもわからないそいつは、鼻と鼻がひっつく程の超至近距離になった俺に向かってこう言った。
「アト十ト……八ネン……モラ……イニ…………アシ」
そう言うとそいつは煙になったように消えた。
あれから十七年。そいつが言うまであと一年となったこのタイミングで、俺はこの話を思い出した。
いや、思い出させられたのだろうか。
見えていないだけで今もまだ……あの見開かれた片方の目で俺のあとをついて回っているのだろうか。
…………ずる………………ずる………………
最近背後から何かを引き摺る物音がする気がするのは気のせいだろうか




