首UFO
これはある夏の夕暮れ、僕が小川沿いの土手を歩いている時の話しです。
まだ日の昇っている夏の暑い時期だった筈です。右手に細い川が流れてるのを見ながら、僕は下流に向かって草の間の土が剥き出した土手の小道を歩いていたんです。確か犬の散歩をしていたんだと思います。
あまり人気のない土手。その理由は、この左手に見えるぼうぼうと生えた草のせいでしょう。僕の胸ほどの高さまで伸び切った雑草。それは小川に沿って何処までも続いています。時々異臭がするし、虫も湧くし、古びた自転車なんかも違法投棄されていて、あまり気持ちの良い事はありません。
ともかく、僕は遠くに行き交う帰宅ラッシュの車を見ながら、ぼんやりと土手を歩いていたんです。
すると左手の方角。伸び切った草むらの向こう側で、ニュッと麦わら帽子の女性が頭を出しました。今思って見ればそれは唐突でした。
多少ビックリもしましたが、この土手に僕以外の人が完全に居ないわけでもありませんし、そのくさっぱらの向こう側にもちょっとした小道があるので、特段何を思うでも無く、同じくらいの速度で並走していました。
……なんとなく、なんですが、人と同じ速度で歩くって気持ち悪くありませんか?
それは僕の独特な感性なのかも知れませんけど、とにかくその麦わら帽子の下に長い黒髪を垂らした女性は、僕とずっと並走していて……かといって犬はこのペースで歩き続けているし、わざわざ立ち止まったりして意識させてしまっても気まずいなぁ、なんて思ってそのまま五十メートル位並走し続けたんです。
程なく行くと、草の切れ間が見えて来ました。そこを左に曲がれば、麦わら帽子の女性が歩いている小道と合流出来る様になっているのです。
そんな切れ間が来た時に、僕は未だ隣に並走しているその女性の事をなんの気なしに見ました。
――首だけでした。
形容出来るのはただそれだけで。僕の胸ほどの高さに浮いた麦わら帽子と、その下に垂れる足下まで届く黒髪の生首は。丁度僕がそちらを窺うのと同じ様にして、浮いたまま首を旋回させて僕を見たのです。
顔立ちだけ見れば、特段異変もない女性だったのですが。彼女は何故だか僕を恨みがましく睨み付けたまま、後ろを向いて、スススーっとホバリングでもしているみたいに真っ直ぐ小さくなって行きました。
僕はそれを、首UFOと勝手に名付けたんです。