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わたしの仕送り来てませんか?

   わたしの仕送り来てませんか?


 かなりの苦学生の俺。この辺りの私立の大学に奨学金を貰いながら通っている。両親や親族との折り合いも悪く、学費はおろか、仕送りなんかにも期待出来ない。昼間は大学に通い、夕方からはバイト三昧の日々。貯金も無し、いざという時の後ろ盾も無し。こんな生活をしていると思う……俺はこの先大丈夫だろうか、もし病気なんかしてアルバイトに行けなくなったら……ああ世知辛い。

 ギシギシと鳴る木造二階建てのアパートの二階奥の部屋が俺の住まい。でもたまに電気が止まる。隣の家の女が玄関前の洗濯機を回すと、部屋全体が揺れて食器棚の中の皿がカタカタ音を鳴らし始める……だけど家賃二万だ。だから文句は無い。

 そんなボロアパートに大学入学の春から越して来た俺。隣の部屋の住人は愛想の悪い老婆だったけれど、最近施設かなんかに入ったらしく、空き部屋となったそこに先月から新たな入居者があった。


「こんにちは、雨宮はると言います」


 三十代くらいの女が、俺の部屋にまで挨拶に来た。見た感じは普通のOLって風で愛想も良かったけれど、年頃の女がこんな安アパートに暮らすのだから、何か訳があるのだろうと俺は思った。……だからと言って、詮索するつもりは無かったけれど。


 新たな入居者があって半年程が経った。隣の住人との関係に別段問題はない。強いて言うならば時折壁越しにTVの音と馬鹿笑いをする声が聞こえて来る位で、騒音と言う程でも無かった。玄関先で目を合わせれば、お互い会釈くらいはする、話したりはしない。それ位の関係性で、つまりは適切な距離感を保てていた。

 ……そんな折の夕刻、俺の部屋に覚えの無い小包が届いた。配達員が扉をノックする音に気付いて、玄関先に迎えにいく。

 差出人の欄には『雨宮洋子』とある。となると宛先の欄にはやはり『雨宮はる様』とあった。

 ――住所は同じだが部屋番号を間違えて記載してある。この屈強そうな配達員が間違えたという訳では無いらしい。

「こちらのご自宅で間違い御座いませんか?」

「……」

 俺は瞬間的に思考を駆け巡らせた。視線を『雨宮はる』の一点に落としたまま、半開きの口から反射的に声を出していた。

「はい」


 先の愚かな行動に釈明をする訳では無いが、俺はその時、かなり生活が苦しかった。社会の不況のあおりもあって、アルバイト先は三つから二つに減っていたし、何かと入り時の時分でとにかく金が無かった。

 ……胸いっぱいに抱える位のダンボールの中身は、やはり仕送りであった。

 『雨宮洋子』差出人の名にあったのは母の名だろう。娘を案じた仕送りの中には、パックのご飯やインスタントのカレー等、とにかくおかずになる物がしこたま詰めてあった。

 俺はこんな風に誰かに助けて貰った事が無かった。

 苦しくても、誰も助けてはくれなかった。自分一人の力で生きていくしか無かった。

 だから、こんな風に誰かに甘やかして貰える他人を疎ましく思った。

 甘えやがってと……他人の好意を横から掠め取った。自分の生活が苦しいのだからと、これは天からの恵みなのだとか、住所を書き間違えた奴が悪い、おれは悪くない……なんて、聞くに堪えない醜い心の声を発しながら、俺は隣人――雨宮はるへの仕送りを自分の食い物にした。

 これでしばらくは食い繋げる……来月まで保てば生活は立て直せる。

 ……そんな事を思い思い、電気代もケチった真っ暗な玄関先で俺は、ダンボールの中身をケモノみたいな目で物色していた。四つん這いに箱を覗き込むそのシルエットは、さぞや醜悪な餓鬼か何かに見えたのでは無いかと思う。

 箱の中をひっくり返し、底の方に茶色い封筒があるのを見つけた俺は、目を光らせて口元に笑みを刻み込んだ。仕送りを貰った事は無いが、俺は知っているんだ。本当は金銭を直接郵送するのは禁止されているが、こういう物には時折、金が同梱されている事があるって。

 ……だが同時にそれは金を盗るという事でもあった。その一線を越えれば、いよいよ自分の存在は奈落に落ちてしまうだろうという思いもある。そういった人としての瀬戸際で葛藤していると、口の開いていた封筒の中身がポトンと手のひらの上に落ちて来た。

「御守り?」

 落胆する気持ちと共に安堵があった。金を盗まなくて良いのだという安心感と、もっと寄越せとねだる邪悪……なんにせよ、いま俺の手の上には真っ黒い布に包まれた、何の文字も記されていない御守りがあった。自作したらしい黒い御守りの中はやはり密封されていて、中に何が入っているのかはわからない。だがやはり一般的な御守りとしてよくある厚紙の手触りを感じる。

 眼前につまみ上げた黒い御守りを凝視しているとその時――暗い廊下に、一筋の細長い明かりが射し込んで来た事に俺は気付いた。驚いた俺は思い至り、玄関の方へと振り返っていた――。


「あのーこちらに、わたし宛の荷物だとか、間違えて届いてはいませんか?」


 ――俺は心臓をすくみ上がらせた……。

 玄関の扉の郵便口を押してこちらに目だけを覗かせながら、雨宮はるが俺の部屋を覗き込んでいる。


「なんで……い、インターホンはっ? 非常識でしょう、そんな風に人の家に尋ねて来るだなんてっ」

「あっ、やっぱり居たんですね。インターホン鳴らしましたけど」

「……」


 ……俺の部屋を尋ねて来る者なんてほとんどいないから、インターホンは壊れたまま直していなかった事を今更思い出す。俺は慌ててダンボールを奥の方へと押しやった。幸い郵便口の角度からこのダンボールは見えなかった筈だ。 


「そ、それで何の用ですか?! 荷物なんて知りませんよ俺はっ!」 


 そう叩き付ける様に言って、情けない姿勢で尻もちをついていた俺。


「……本当に…………わたしの仕送り、来てませんか?」 

 何処か落ち込んだ風にも聞こえたその声に、俺の胸は締め付けられた。

 それから雨宮はるは、何を言う訳でもなくパタンと郵便口を下ろした。


「そうですか、すみません」


 バクリと高鳴る心臓を落ち着かせながら、俺は冷や汗を拭った。


   *

 

 それから数日が経った。

 雨宮はるとは一度も顔を合わせてはいない。顔を合わせてもシラを切り通すと決めてある。ただ一つ困ったのは、この自作の黒い御守りのやり場だった。今更なのだが、御守なんて自作するものだろうか。

 いずれにせよ、神が宿った御守りをそこらに捨てるのは心苦しいし、部屋に置いておいても、他人に送られた真心を横からかっさらった俺としては締め付けられる思いがある。

 部屋の隅ではレトルト食品の箱がゴミ箱に突っ込まれている。人の仕送りを存分に食い荒らして置いて何を今更良心の呵責に悩むのか……と思うだろうが、あの時少し魔が差しただけで、人の心を捨てたつもりは毛頭無かった。

 だから俺はこの黒い御守りを近くの神社の納札所(おさめふだどころ)に帰しに行く事にした。


 ――その時の事だった。


 突然横道を逸れてきたトラックのヘッドライトが、俺の視界をホワイトアウトさせた所までを憶えている……。


 ……生死の境を彷徨ったが俺は、なんとか一命を取り留める事が出来た。起きた頃には病室に居て、全身を包帯でぐるぐる巻きにされて、大きな手術をした事を看護師から聞いた。

 容態は良く、後遺症も残らないという事だったが……気味が悪く思った事は、例の黒い御守りが俺の手にずっと握らされていた事だった。


 三ヶ月後、俺は病院を退院した。黒い御守りは目につかない床頭台の引き出しの所にずっと仕舞っていた。そのまま忘れたフリをして帰ろうとしたが、看護師から「忘れ物です、命を救ってくれた大事な神様ですよ」と手に握らされた。

 余談だが……結局親は一度も俺の見舞いには訪れなかった。まぁ、期待なんてしちゃいないが。


   *


 ようやく家に帰って来れたその日の夕刻の事だった。まだ少し残っていた雨宮はるのレトルト食品をレンジで調理していると、扉をノックされる音に気が付いた。

 チェーンをして声だけで応じる。相手は雨宮はるの様だった。ばつが悪かったので、そのまま扉を開けずに応対する事にした。


「あの……交通事故にあったって聞いて……大丈夫ですか?」

「ああ……ご丁寧にどうも……そうなんですよ、でももう大丈夫です。ありがとうございます」

「あの、本当にわたしの仕送り、受け取ってませんか?」 


 ――この女は、まだその話しを蒸し返すのか……。

 扉越しに伝わる声には、気迫めいた何かがあった。だけど俺は首を振って答える。


「だからそれは……知りませんよ、まさかそんな事を言う為に心配したフリをしてうちに来たって言うんですか?」

「違います、それは違います……ただあの、わたしが変な事を言っていると思うと思うのですが……その」

「……なんです?」

「どうしても、もしかしたら……万が一の事があったらと思って……それで何度も確認しに来ているんです」 


 妙な事を言い出した雨宮はる。彼女の声音に俺を責める様な調子は無い。だから俺は無機質な扉に向かって問い掛けていた。 


「何を言いたいんですか?」

 すると雨宮はるは言った。






「わたしに両親は居ません。わたしの親を語る者からの仕送りがもしあったら、受け取らないで下さい」






「えっ…………」

「中身も決して開けてはいけません。何故ならそこには呪詛をこめた“呪い”が入っている可能性があるからです……だからもし万が一でも、わたしの仕送りをアナタが受け取っていないかって……交通事故にあったって聞いたから、わたしに宛てられた呪いを、アナタが手にしてしまったのでは無いかって思って……」


 扉から飛び退いた俺は、ドタドタと部屋を走っていって、黒い御守りを引き裂いて中身を開いた。


 ――するとそこには、厚紙に包まれた()()()が入っていた。

 青褪めた俺は腰を抜かして情けの無い声を上げた。

 

 俺は悪く無い……俺は………………。

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【実話怪談を収集しています。心霊、呪い、呪物、妖怪、宇宙人、神、伝承、因習、説明の付かない不思議な体験など、お心当たりある方は「X」のDMから「渦目のらりく」までお気軽にご連絡下さい】 *採用されたお話は物語としての体裁を整えてから投稿致します。怪談師としても活動しているので、YouTubeやイベントなどでもお話させて頂く事もあるかと思います。 どうにもならない呪物なども承ります。またその際は呪物に関するエピソードをお聞かせ下さい。 尚著作権等はこちらに帰属するものとして了承出来る方のみお問い合わせよろしくお願いします。
― 新着の感想 ―
[良い点] お、おお…… これはまた……恐ろしい話もあったもんですね…… しかもそんなヤバいことをしてくる相手に住所から名前からバレてるなんて…… 隣の姉さんの前途は多難ですね。
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