自殺者の介抱
自殺者の介抱
病院勤務をしているSの話した体験を、私はふと思い出す事があった。
Sは精神病院勤務で、そういった特色の患者にはままある事なのですが、とある夜勤の日に、個室で首吊り自殺をされたという事でした。精神病院ではそういった事に備えて紐状の持ち込みが禁止されていたり、カーテンレールが少し体重を掛けたら外れる様になっていたり、窓が全開放出来ない様になっていたりと、実に様々な対策がされてはいるのですが、紐状の物などズボンでもシャツでも併用出来ますし、首吊り自殺だからと天井から吊り下がる必要も無く、ベッドやドアノブに紐を括り付けてそこに寝そべれば達成されてしまう、というのが現実です。
要は、本気で死のうと思われたらどうしようもない。Sが発見した遺体も、ベッド柵に輪っかにしたジーンズを括り付けて床に倒れていたそうです。
蒼白になった顔に、床に広がった多量の排泄物、異臭、上転した眼球と開いた瞳孔……患者の死亡は明らかでしたが、Sはそのままにしてはいけないと思い、グッタリとした遺体を紐から外す事にしました。
自殺となりましたら警察介入案件となりますので、括った紐の結び目は解かない様に言われています。相方を呼んだSは、とにかくベッド柵から垂れるジーンズの輪っかから遺体を外そうと、後輩に遺体のその足下を、自らは背後から両脇を抱え上げる形で遺体を引きずり出したそうです。
余談ですが、全力で脱力した遺体とは、非常に重く、大人二人でも運び出すのにかなり難儀したらしいですよ。
例の件があったのは、それから数ヶ月、自殺した患者の記憶が薄れ始めた、そんな時期だったらしいです。
夜勤中、Sが風呂場に簡易ベッドを敷いて仮眠をしていた時の事で、時間は深夜の3時位だったそうです。
その日、いつもの様に浴室を真っ暗にして眠っていたSですが、突如青い顔をして仮眠を切り上げ、詰所の相方の所に飛び込んで来たんだとか。
で、ここからが妙な話しなのですが、Sは浴室で眠っていたら、突如何者かに上半身をすくい上げられた、というのです。しかも全力で絶叫し、ベッドからも引きずり下ろされて、体感にして数十分間は振り回されたのだとか。
Sは言うのです、俺が助けを求める声や物音は聞こえなかったのか?と。
その話しを聞いた夜勤の相方は、悪夢を見たらしいSを笑いましたが彼は蒼白のまま語ったのです。
「脇、抱えられた、脇、すごい力で、ほら!」
Sの脇には、彼を背後から抱え上げたかの様な、強烈な手の跡が付いていました。