神憑きの家系
神憑きの家系
看護学生として精神科病院に実習に行った時の話しなんです。
私は看護学校の四年生で、とある山奥にある精神科病院へと実習に行きました。あまり馴染みのない科目の実習というのと……あまり大きな声では言えないのですが、やっぱり精神科には“怖い”というイメージがあって、おっかなびっくりと病院に向かうバスに乗り込んだのを覚えています。
実習期間は二週間で、五人の学生それぞれに「受け持ち患者」を与えられるのですが、私にはTさんという五十代の男性を割り振られました。
Tさんは基本的に無気力で、何をするにもこちらから促さなければならない人でした。歯は磨かない、爪は伸びっぱなし、手を引かれなければ風呂にもいかない、食事も目前に用意されるまで手を付けない……そんな事で、いつもボンヤリとした印象を受けるTさんなのですが、そんなTさんには、今の彼からはとても想像が付かない様な“問題点”がありました。
――自傷行為。言葉の通り、自分で自分の体を傷付ける行為なのですが、無気力のTさんは数ヶ月に一度、突如スイッチが入ったかの様にそこらを過激に走り回り、テーブルの角や石の壁に額をぶつけて大怪我をするというのです。
……ただし、私が知れたのは電子カルテにあるTさんのそういった記録だけで、実際に目にする機会はありませんでした。
私の看護学生としてのアセスメントの焦点は、必然その自傷行為へと向いました。けれどその事をTさんに直接問い掛けるのは何だか気が引けて、なかなか情報収集する事が出来ません。何故なら私のひょんな言動の一つで、今静かに暮らせているTさんのスイッチを入れてしまう可能性も大いにあると思ったからです。実習に来させて頂いている学生という身分もありますし、あまりズケズケと患者に関わって病態を悪化させるのは避けたかったのです。
なので私は、Tさんのあらゆる情報が記載された電子カルテから情報を収集しようと試みました。
カルテの情報には、Tさんの発病してから今日までの生活歴や現病歴、既往歴に、日々のバイタルサインの記録や一日をどう過ごしたのかの記事、そして家族歴など、あらゆる個人情報が記載されていました。
その中でふと私の目に付いたのは、Tさんの家族歴でした。カルテの中の一ページに図で現され、つまり家系図となっているのですが、Tさんの両親に当たる丸と四角(丸が女性で四角が男性)にバツ印が、その下に続いたTさん本人を表す二重の四角の横、ズラリと並んだ6人もの兄弟の丸や四角の全てに、バツ印が付いていたのです。
……私はその光景に絶句するより他がありませんでした。何故なら家族歴の記号に刻まれるバツ印とは、その人が既に死亡している事を意味しているからなのです。
Tさんの家族は、彼本人を覗いて見事に全てバツ印が……つまり死亡しているのです。とんだ不幸でもあったのかと、各記号に添えられた死因を一つ一つ確認していくと――私はもうますますと、息をするのも忘れ目を剝いている事しか出来なくなりました。
こんな事などあるのでしょうか? Tさんの家族は彼以外の全員が、それぞれ、バラバラの年代にて――自殺していたのです。
これがどれ程異常な事であるかが分かって来たのは、少し冷静になって来てからの事でした。
例えばこれが脳梗塞や心臓病、いわゆる遺伝性があると言われる病であれば、家族の中の複数がその病で亡くなるという事も理解出来ましょう。それに精神病というのは確かに遺伝する病であると言われています。
――しかし、“自殺”というのは病気では無く、自らが選んだ死の方法です。それぞれで選択した死の手段であり、それは遺伝するものでは無い筈なのです。
二週間の実習が終わる最終日、私は思い切ってTさんに、何故自分を傷付けるのかを尋ねてみました。すると彼はいつもののっぺりとした表情と、感情が剥奪されたかの様な抑揚のない声で、眉根の一つも動かさずにこう言ったのです。
「神様に……やれって…………言われ、て」
まるで焦点の合わない、深い闇の様な黒い眼差しを私に見せながら……。
確証はありませんが、Tさんの家族もきっと、そんな事を言いながら、