振り子のような音
振り子のような音
学生時代、私がアパートで一人暮らしをしていた時の話です。
大学生になった私は、都会のアパートで一人暮らしをしていました。端の部屋だったのですが、隣人は四十代位の独特の女性で、まだ自炊もままならなかった私の面倒を見るように、よく作りすぎた肉じゃがやら、カレーやらを差し入れてくれたりして、私もその好意に甘えていました。
黒い頭髪に小柄でふくよかな体型。いつも薄紫色のカーディガンを着て、微笑んだ目元にシワを作っていました。
おばさんは夕方になるといつもアパートの庭先を箒で掃いていて、大学から帰った私をいつもの笑顔で「おかえり」といって中腰で出迎えてくれました。
そのアパートに入居して二年ほどが経過した大学三年生の春先の頃です。
ベッドで眠っていると深夜の三時頃に、隣の部屋から
……ドン……ドン…………ドン………………ドン……………………ドン…………
と振り子のような物が壁にぶつかっているかの様な規則的な物音がするのです。それは壁につけられた私のベッドの耳元から――つまりおばさんの部屋から壁に何かをぶつけた音が聞こえるのです。
……深夜にその物音で目覚めた私は、何をぶつけたのだろう、とただ思うだけで、そのまま眠りにつきました。
翌日、おばさんは庭先にも姿を表さず、昨晩のそれが何だったのかは尋ねられませんでした。
そして次の日の夜。昨日と同じ深夜の三時頃、また私の耳元の壁で
……ドン……ドン…………ドン………………ドン……………………ドン…………
始めは短い間隔で壁にぶつかり、次第にその間隔は大きくなっていくので、やはり私は何か振り子のような物を壁に一度勢い良くぶつけた様な印象を受けました。
翌日もおばさんは庭先に姿を現しませんでした。
そしてその日の夜もまた、三時になると例の音がするのです。
……ドン……ドン…………ドン………………ドン……………………ドン…………と。
翌日は休日だったので、私はおばさんの元を自然に訪ねるべく、いつものお返しにと、鍋に作ったシチューを持って隣の呼び鈴を鳴らしました。
……応答はありませんでした。
「何この臭い」
鍋から湯気を立てるシチューの香りで気付きませんでしたがおばさんの部屋の前からは、何か肉が腐敗したような、異臭が臭っていることに気が付きました。
生ゴミでも玄関に置いているのだろうかと思った私は、鍋を持ったまま腰を折って、おばさんの部屋へと続く玄関の郵便受けを開いて中を覗こうとしました。
「……っ!? ごほッ!」
郵便受けを開いた瞬間に漂ってきた強烈な異臭。筆舌に尽くしがたい動物の腐乱したような臭いに、私は思わず咳き込んで後退りました。
そして、まさかと思った私は大家さんに事情を説明しに行きました。そうすると直ぐにおばさんの部屋のマスターキーを持った大家さんが、おばさんの部屋の扉を解錠して、押し開きました。
「きゃああああ!」
玄関を土足で乗り越え、居間に侵入した大家さんが、悲鳴をあげて腰を抜かし、ほうほうの体で私の方ににじりよって戻り、脂ぎった表情でこう言うのです。
「首吊り!! 警察呼んで!!」
後から聞いた話によると、おばさんは発見した日から約三日ほど前に、丁度私の眠るベッドの壁一枚を隔てた所で、自らの首をくくったらしいです。部屋のどこにも荒らされた形跡はなく、窓も締まっていたそうで、自殺ということで話が収まりそうだとの事でした。
しかし、それならば連日私の耳元で、隣の部屋から聞こえていた
……ドン……ドン…………ドン………………ドン……………………ドン…………
という物音は、おばさんの吊られた体が振り子のように壁にぶつかっていたという事でしょうか?
不気味でしたがそれ以上に、毎日同じ時間に、窓も空いていないのにどうやってその様な外力が及んだのだろう、と思いました。




