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“いらん”オジサン


 私の田舎の地元には“いらん”オジサンというのが居る。

 まず何それって話しだよね、あはは……


 “いらん”オジサンはね、真冬だろうと関係無く上下白のハーフパンツと半袖を着てる、麦わら帽子のオジサンなんだ。歳は70代位でハゲ頭。常に目を弓形にして微笑んでいるその姿は、まるで絵本や童話から出て来たキャラクターみたいなの。

 “いらん”オジサンはね、いつも駅前の細い路地に、壁を背にして立ってるの。


 どうして()()()オジサンなのかって?

 それはオジサンが道行く人に、


「ニェギはいらん?」

「カブトムチはいらん?」

「ジテンシャァ〜はいらん?」


 等となりふり構わず囁くからなの。

 村のみんなは“いらん”オジサンを無視するの。何でか視線も合わせようとはせず、私がオジサンについて訪ねても、そんな人は知らないの一点張り。


 確かに変な人物である事は言うまでもなく、私も深く関わろうとは思わなかったんだけれど、どうしても私は、あの可愛らしいオジサンの事が嫌いになれなかった。


 

 ――ある日駅前に降りた私は、“いらん”オジサンの横を通り過ぎる際にこう言われた。


「ピーミャンはいらん?」

「……」


 オジサンは舌っ足らずで、いつも単語の発音が変。思わず吹き出しそうになったけれど、村のみんなから指を差されるのが嫌で、私はオジサンを無視したんだ。


 “いらん”オジサンはね、どういう訳なのか年がら年中そこに立っているの。雨の日も風の日も、夜だって朝だって……みんなオジサンがまるでオブジェか何かであるかの様に一切気にしていない。


 ある日白昼に駅前に着くと、私は“いらん”オジサンにこう囁かれた。


「タピオカじゅーちゅいらん?」

「え……?」


 その日私は思わず返事をしてしまった。隣を見ると、間近に弓形になった瞳がある。

 その時まだ若者だった私は、都会で流行ったタピオカジュースというものに憧れていた。無論こんな片田舎にそんな物がある筈も無く、SNSで眺めてはどんな味なんだろうと夢想していた。


「いらん?」

「……タピオカジュース?」


 その日は私の他に通行人も居なかった。私は張り付けたようにニッコリと笑ったままの“いらん”オジサンに思わず向き直っていた。


「こんれ」


 するとオジサンは、手に持っていたビニール服からガサゴソと何かを取り出そうとし始めた。

 流石に見知らぬオジサンから貰ったジュースは飲めまいと、私は「い、いえ」と口早に断って小走りで逃げていった。


 ――それから“いらん”オジサンは、不思議な事に私の求めている物を囁く様になった。


「りんごのシュニーカーいらん?」

「チージュハッドクいらん?」

「ねじゅみのTシャツいらん?」

「チャブレットいらん?」


 駅前を通りすがる私に、“いらん”オジサンは毎日話し掛けてくる様になった。いつも左手にはビニール袋を引っ提げていて、そこからは確かに私の欲しかった物が出て来る。時には凄く高価な電子機器まで……


「美ぎゃん器いらん?」

「……」


 どうしてオジサンには私の欲しい物が分かるのだろう……?

 変わらぬ笑顔が少し不気味に思えてきた私は、しばらくオジサンの居る道を避けて駅へと通った。


 程無くすると、あれ程あそこに張り付いていたオジサンの姿が見えなくなった。

 私のせいかな? と少しの罪悪感に苛まれたが、それよりも少しホッとした。




 それから都会へ上京した私は、数年の月日が経ってから結婚した。幸せを手にして、欲しい物もほとんど手に入れた。もう“いらん”オジサンの事もすっかり忘れていたんだけれど、お正月に旦那と一緒に実家に帰った時に、また私はオジサンに遭遇した。


 “いらん”オジサンはあの日と変わらぬ姿形であの路地に立っていた。私達はダウンジャケットを着込んで手を擦り合わせているのに、オジサンは真っ白な短パンとTシャツでニコニコしている。


 最後に目撃してから6年程経過しているのに、容姿が全く変わらないオジサンを少し不思議に思った。


 旦那はオジサンの事は知らない。あんなに妙ちくりんな格好をしているのに視界にも入れていない。

 私は足早にその場を立ち去る事にした。実家の方角からして、オジサンの居る路地を通る事になるだろう。

 あの頃は少し不気味に思ったけれど、今の私に欲しい物なんて思い浮かばない。あの左手に下げたビニール袋には、今何が入っているのだろう?


 ヒールの音を立てて、私は旦那と並んで“いらん”オジサンの横を通り過ぎようとした。

 

 するとオジサンは、あの日と微塵も変わらぬ笑顔のまま、まるであの日から全く月日が経過していないかの様に


 ――私にこう囁いた。










()()()()()いらん?」


 



 目を剥いた私はゾッとした。


「こんれ、あげる」


 そしてオジサンはガサゴソと、そのビニール袋から赤い肉塊の様な物を……


 思わず私は悲鳴を上げていた。肩をビクリと跳ね上げた旦那が私に向き直って「どうしたの?」と聞いてくる。


「いやだってオジサンが!」

「オジサン?」


 見ると、“いらん”オジサンの姿は跡形も無く消え去っていた。


 旦那にはオジサンが見えていなかった。

 思えば村のみんなも“いらん”オジサンを無視していたのでは無く――見えていなかったのかも知れない、とその時思った。


 あのオジサンは何者だったのだろう……


 そして、何故“いらん”オジサンには私の欲しい物が分かったのだろう。


 まだ私は、旦那との間に子どもを授かれないでいる。

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【実話怪談を収集しています。心霊、呪い、呪物、妖怪、宇宙人、神、伝承、因習、説明の付かない不思議な体験など、お心当たりある方は「X」のDMから「渦目のらりく」までお気軽にご連絡下さい】 *採用されたお話は物語としての体裁を整えてから投稿致します。怪談師としても活動しているので、YouTubeやイベントなどでもお話させて頂く事もあるかと思います。 どうにもならない呪物なども承ります。またその際は呪物に関するエピソードをお聞かせ下さい。 尚著作権等はこちらに帰属するものとして了承出来る方のみお問い合わせよろしくお願いします。
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