夏の宵
106.夏の宵
夕暮れが終わり、夜に差し掛かる紺色の時間が好きで、よく外を歩いている。夏の宵は早いので気付いたら真っ暗になっている事が多いが、外がオレンジに包まれている事に気が付くと、スニーカーを履いて外に繰り出した。
宵というのは本当に僅かな時間だ。その僅かな時間が俺をノスタルジックにさせるのだ。
いつも通りにお気に入りの音楽を聴きながら田舎道を歩いていたら、その日だけ妙な物をみた。
山の向こうに黄金の空が消えかかり、身の回りが紺に包まれてくる時分だった。右手に広がる広大な田んぼのあぜみちに、巨大なクモがいたんだ。
巨大といっても、昆虫のサイズじゃない。最早人間が一人四つん這いになっている程に大きいのだ。そいつが、四つの足を高く上げて動いている。
ギョッとしたが、宵のせいで妙に不安定な、浮き足だった気持ちになってたのか、俺は立ち止まってそれを凝視していた。
かなりの時間そうしていたが、そいつは確かにその場で足を上げて動いている。
やがて夜が来て、辺りに闇が落ちると、そいつの姿がパッと消えた。
消えたのか……闇に紛れて見えなくなったのか……途端に恐ろしくなった俺は走って自宅に帰った。
あれが何だったのか今でも不明だ。