9.魔法少女は嘘つかない
「起きなさい!仕事の時間よ!」
はっ!
……僕はいつの間にか眠ってしまっていたようだ。
時刻は……9時。
……窓の外は暗い。
午後9時じゃないか。
もう良い子は寝る時間ですよ?
おやすみ。
「ちょっと! 二度寝しないで! 夜中こそモンスターが活発化する時間帯なの! 今こそ【ネームド】の出番よ! 【クエスト】の依頼が来ているから討伐しに行きましょう!」
クエスト? ああ、そういえばそんなのあったな。
ライアに会えた喜びで、僕はすっかりその事を忘れていた。……どうしても行かなきゃダメ?
僕はライアと話したいことが山ほどあるんだが。
「そんなペットショップの子犬みたいなせつなそうな顔で見ないでよ。そうね、じゃあ食事でもしながら話しましょう。……この世界の事、貴方に教えてあげる」
僕は誘われるがままに、彼女と食堂へ向かった。
≪【従者召喚】≫
≪オカエリナサイマセ、ゴシュジンサマー!≫
「スカーレット、アズール。食事の準備をして」
ライアがスキルを発動させると赤髪のメイドと青髪のメイドが画面から飛び出してきた。
彼女たちはマスターに一礼すると、キッチンに立ち、食事を作り始める。
「……料理は一から作らせるんだな、スキルですぐに料理なんて生成できそうなものだけど」
「何も無いところから生み出した料理なんて食べたくないわ。空気中のチリやホコリなんかを使ってるなんて考えたら気持ち悪いじゃない」
……まあ確かに一理ある。
スカーレットとアズールは、次々と料理の入った皿と食器を机に並べていく。ライアがグラスを掲げるとすぐさまドリンクを注ぎ、指を鳴らすと首元に紙ナプキンを結んでいった。彼女たちは忠実なライアのしもべなようで、動きに一切の無駄が無い。
「彼女たちがメイドなのは、私の趣味よ」
趣味ですか。まあいいんじゃないですかね。
「さあ、いただきましょう。神から授かった供物に感謝を込めて」
いつから彼女はそんなに信心深くなったのだろうと思いつつ、僕は皿に盛られたエビフライをむさぼった。
「今日、町に行ったら何故かエビが特売だったのよねー。占いでもラッキーアイテムだったし安売りしてたからついいっぱい買っちゃった。量はたくさんあるからどんどん食べてね♪」
……エビがなぜ大量に手に入ったのか深くは考えないようにしておこう。
「そういえばメイドさんたちは食べないのか?」
「ああ、彼女たちはスキルで呼び出した【人工精霊】だから。モノを食べなくても平気なの」
ふ~ん、モンスター以外にも色々いるんだなこの異世界は。
「じゅるり」
おい今、青い子がよだれを垂らしたぞ。
やっぱりお腹が空いているんじゃないか?
「貴方たち、もう用は無いわ。戻りなさい」
ライアが指パッチンをすると、二人のメイドはスマホの画面に吸い込まれていった。
……今度彼女たちに会うことがあったら僕は優しく接してあげよう。
「本題に入るわね。……確か貴方のこの世界での名前は春野カオスだったかしら?カオス君が眠っている間に色々と調べさせてもらったわ。街を崩壊させた【ブラックホール】の能力。中々面白いじゃない」
うっ、すでにそんなに情報が回っているのか。
「この件ニュースになってるわよ。今頃ネームド達の間でもうわさになっているんじゃないかしら」
彼女はSNSのページをめくり、僕に見せつけた。
がっつり僕の倒れている姿が写真に載っている。
僕にプライベートは無いのか。
ああ、気が重い。エビ料理を食べても食べた気がしないぞ。胃までブラックホールになってしまったのだろうか?
「大丈夫、仮に恨まれてカオス君の命が狙われても私が守ってあげる」
女の子にそんなこと言われちゃ男としてのプライドがずたずたに引き裂かれるわけですよ?
「それに私が守る必要なんて無いんじゃないかしら?貴方にはその強力なブラックホールのスキルがあるじゃない?」
そうなんだけどさ。ちょっと僕には持て余すというか過剰というか。
僕的にはアグニみたいなもっと手加減しやすい能力の方が良かったわけですよ?
「……侵入者に鍵を取られたってついさっきアグニ君から連絡があってね。どうやら彼、こっぴどくやられたようね。彼もネームドとしては結構強い方なのよ? それを打ち負かすなんてカオス君中々やるじゃない」
そうだ思い出した。
あの男はライアの屋敷の合鍵を持っていた。
屋敷のセキュリティの厳重さから察するによっぽど彼女に信頼されていないと鍵なんて渡されないはず。
……一体彼はライアの何なんだ?
「アグニとはどういうご関係で?」
「あはは、秘密ー」
「いやマジで」
「そんなに心配しなくても彼とはただのクエスト仲間よ。それ以上でもそれ以下でも無いわ。ただ、アグニ君は素直に何でも言うことを聞いてくれるからとても助かってるけど」
……アグニ、お前泣いていいぞ。
「あ、そうだ。私のとっておきのスキル知りたい?カオス君だけネタが割れてるのも不公平だし信頼してもらうためにも披露してあげるわね」
……この世界にやってきてお屋敷に住めるくらい上り詰めたという事は相当なチート能力を持っているに違いない。
僕はライアをじっと見つめ、行く末を見守る。
≪【虚言】≫
「うっ!」
ライアが突然倒れた。
「ど、どうした!?」
「お腹が……痛い……!」
な、なんだって!?
やっぱりさっきのエビが当たったか!?
早くお腹の薬を彼女に飲ませて安静にさせないと!
えーと、薬ってSSSで購入できるよな!?
僕はSSSを起動し、ストアページを見回す。
「あはははは、うっそー」
……え?
≪高宮ライアは【虚言】の効果を解除しました≫
「ごめんごめん、でもこれが私の能力なの。【虚言】。私が嘘をいうと必ず相手は信じ込む。カオス君も突発的な嘘に疑いなく信用しちゃったでしょ?」
いやいやいや、そりゃ突然体調不良を訴えたら心配するに決まっているだろう。
そんなのが能力だなんて到底信じられない。
「そんなのが能力なんて信じられないって顔してる」
はっ!? 相手の心を読むのが本当の能力か!?
「カオス君くらい顔に出やすかったら誰でも分かるよ。……もちろん私の能力【虚言】の神髄はこんなものじゃないわ。……カオス君」
「な、何だい」
≪【虚言】≫
「その椅子古くなっているから突然壊れるかも、気を付けてね」
「え?分かった……うわああああ!?」
了承した瞬間椅子が壊れ、僕は倒れた。
訳も分からず僕は机に手を着き立ち上がり、彼女の方を見る。
「瓢箪から駒が出るって諺知ってる?」
「ああ、突然駒が出てきてびっくりした! って奴?」
「……意外な所から意外な物が出ることから、ふざけて言った事が実現することの例えよ。【虚言】は相手が私の嘘を完全に信じてなおかつ、現実で起こる範囲ならその通りになってしまう能力なの。つまり相手が私の嘘を聞いた時点で私の思うがままに相手をコントロールできる。突然爆発するとか隕石に当たるとかは無理だけど、その武器を使って自殺しろくらいなら容易に出来るわ。そう考えたらカオス君のと同じくらいチートなスキルでしょう?」
発言を拒絶できず嘘が全部本当になる能力。
正直言ってデタラメだ。チートなんてレベルじゃない。
対人で負けることはまず無いんじゃないか?
「現在の私はネームド序列1位。この世界でトップのポイント数を維持しているわ。それもこれも一番最初に手に入ったこのスキルでのし上がったおかげ。ポイント数は名前持ちにおいての地位の高さ。……どういう意味か分かる?」
「……分からない」
「私は【名前持ち】で一番強いって事。私はこの世界における【神】だと思ってくれて差支えないわね」
僕は目の前の神を相手にただただ驚愕する事しか出来なかった。