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ここは異世界だけど異世界じゃない  作者: トミタミト
異世界生活編
3/18

3.ノークエスト・ノーライフ

 見知らぬ街で第一にする事。

 その時の行動は千差万別なれど、大体の人間は通行人に道を聞く事が多いであろう。

 僕も一般的な価値観の例に漏れず、くたびれたスーツを来たサラリーマン風の中年に話しかけた。


「すみません、隣町に行くにはどうしたらいいですか?」


 サラリーマンはこちらを見て、気さくに答える。


「おや君、お上りさんかい?この辺りは道が複雑で分かり辛いからね。おじさんも若い頃は良く迷ったよ。ここは×××通りっていうんだけどここから数百メートル歩いたら×××通りに付くからそこの地下鉄に乗れば隣町の×××町だよ」

 

 地名は独自の発音で聞き取れなかったが、僕の言葉は市民に通じ、その見た目も素直に受け入れられた。

 つまり、この世界の大体は現実世界と同じルールや価値観で構成されているという事である。

 元の世界の常識が通じるならば、僕が規律的に行動しさえすれば彼女を見つけるという目的の達成もしやすいだろう。


「君も若いからって夜遊びはほどほどにね、ちゃんと家に帰るんだよ?」


「はい。すみません、ありがとうございました」


 スーツの男は手を振り、僕が見えなくなるまで見送ってくれた。異世界で最初に出会ったのがモンスターや悪党ではなく優しいおじさんで本当に良かった。

 

 ありがとうおじさん。フォーエバーおじさん。

 僕は指し示された通り、地下鉄方面の道を歩く。


 

 ……歩いて数分くらいたっただろうか。

 

 都会の町並みは夜中と言えどまだ活気がある。

 酒気帯びで彷徨う会社員や飲み会帰りの大学生。

 塾帰りの学生や、シャッターを開け開店準備をするバーの店主。

 様々な人種がそれぞれの人生を歩んでいる。

 

 僕自身はこんな都会に住んだ事無いがこの光景はテレビ中継や旅行などで見たことのある

 見知った姿だ。


 正直ここが【異世界】だとは到底思えない。


 僕が知らないだけでここは日本の街のどこかなんじゃないか?

 

 そういう考えすら、よぎった。


 だが、そうならばSSSの存在や、全く聞き慣れない地名が説明できない。

 

 何より【空気感】とでも言うのだろうか。

 この世界は僕のいた世界とは

 ()()()()と体感できるくらい【何か】が違う。

 それが何なのかは良く分からないけど歩きながらずっとその違和感を肌に感じている。


 ……ちょっと試してみるか。

 

 僕はSSSの不自然な言動がずっと気になっていたので、他の住民にも質問を投げかけてみる事にした。

 

 駅前でたむろしていた、僕と同じくらいの年齢の学生グループに声をかけてみる。


「すみません、ちょっといいですか?」


「はい?」


「僕は現実世界から来たものなんですけど、ここって異世界なんですか?」


「……はぁ?」

 

 ……当然そんな反応になるだろう。

 

 だが、次の発せられた言葉は僕の予想を的中させた。


「ここはイセカイ? じゃなくて×××町。イセカイって聞いた事ない地名。どこの町の事?」


 他の住民にも次々と声をかけてみる。


「イセカイ? 何だいそれは?」


「いせ……? 何だって? もう一度言ってくれ」


「ああ、イセカイね。昨日の夜食べたよ」


 疑問が確信に変わった。

 

 この世界の住人は【異世界】という

 ()()を知らないのだ。

 

 SSSも、ここは現実ではないのかと聞いてもはぐらかして答えなかった。

 予測するならば、何かしらの大きな力が働いていてこの世界から【異世界】という()()()()()()を消している。そう判断するのが自然だろう。


 どうして?何が目的で?

 ……それは全く分からないが、何でもここではそういう事態になっているらしい。


 この世界の事はまだまだ分からないことだらけだ。

 一つだけ言えるのは国民全ての【異世界】と言う概念を奪う、それだけの強力なすべを持つ者がこの世界にいるのは確かだ。

 彼の逆鱗に触れれば、異世界に来たばかりの僕の命などまず無いだろう。今は目を付けられないよう、慎重に行動しなければ。

 

「ん?」

 

 唐突にスマホのバイブレーションが振動した。


 ……もしかしてライアから?


 僕は素早くポケットから取り出し、画面を確認する。


≪数分ぶりです、春野カオス。SSSです≫


 ……今、鏡を見たら自分の顔はとんでもない表情になっているだろう


≪貴方が名前を登録した際、こちらのスマホにも私のアプリを登録させていただきました。これから先はSSSが貴方のネームドとしての生活をサポートいたします≫


 僕はアプリを削除しようと指を動かす。


≪アプリを削除しても本データを消去する事は出来ません≫


「マルウェアじゃねーか!!!」


 スマホを地面に叩き付けようとするが、すんでの所で思い留まった。

 最新機種だ。雑に扱う事は出来ない。


≪そんなに小躍りして。愉快な事でもありましたか?≫


「不快な事しか無いわい!」


 僕は画面をたたき割りそうになる衝動を抑え、嫌々SSSの言葉に耳を傾ける。

 

 ……不服だが今はこの機械を頼りにするしか手立てが無いからな。


≪今回は初心者の【ネームド】である貴方様の為に【クエスト】の紹介をさせていただきます≫


「……【クエスト】?」


 クエストっていうとゲームとかでよくある町人などに依頼されて報酬を得る()()()()()()の事だろうか。


≪はい、その認識で問題ありません。国から推奨されている労働業務を行う以外にも、ネームドは【モンスター】を退治する事で報酬となる電子通貨【ポイント】を得る事が出来ます。一般的なパート、アルバイトより破格なポイント数を得られるので、安定した収入を得られる社会人ではない若者のネームド達が主な利用層となっております≫


 なるほどね、主に学生たちの収入源となっているわけか。

 

 ……ていうか【モンスター】が出るんだな。本当にファンタジーゲームの世界みたいだ。


「……モンスターって、具体的にはどんなのが?」


 思いつくものと言えば、オークとかゴブリンとかスライムとか。

 ……この都会のど真ん中で?

 満員電車に揺られる怪物たちを想像し、僕は少しほほえましい気持ちになる。

 

≪人々が物語や神話で語り継いだ伝統的な生物。そういった存在に酷似したモンスターが出現します≫


 ま~た、ふんわりした説明をして。

 イーストたっぷりか。

 

「そんな生物達がこんなに文明が発展した世界でどうやって生きているんだよ?この世界の軍隊が現実と同じ規模だとしたら例えドラゴンが空飛んでたって直ぐに戦闘機で撃ち落とされちゃうぜ?」


 当然の疑問だろう。SSSは質問に答える。


≪生態は今の所、一切不明です。唯一分かっていることは全てのモンスターはこことは違う【位相】からやってくると言われています≫


 イソー?


 ……聞きなれない単語が出て来たな。


≪【世界】というのはいくつもの複雑な構造によって重なり、分かれています。その一構造を【位相】と呼びます。位相が違うものは通常、他の位相のものと干渉することはありませんが、モンスターたちは、他の位相に移動できる性質を持ちます。さらにモンスターは私達より【上位】の位相の住人。一方的にこちらの世界に干渉し破壊活動を行えてしまう。一方、私達は位相差によって通常の兵器ではモンスターが補足出来ないのです≫


 何だ、【位相】だなんて難しい言葉を使っちゃって。


「モンスターは僕たちと同じく【異世界】から来ているって事だろ?」


 この世界にとっての外来者。それは人とモンスターも変わらないわけだ。


≪……異世界と言う単語の質問はお答えできかねます。ネームドは私達と仕組みが異なる厳密に()()生命体です。ですがモンスターはどこか別の場所からやってきますが根本は私達と同じ生命体だと言われています≫

 

 ……僕の思う異世界とはまた違う意味合いなのだろうか?


「モンスターは兵器も何も効かないんだろ?そんな生物どうやって倒せばいいんだ?」


 光の巨人や正義のバイク乗りの案件ではないでしょうか。


≪貴方がたネームドはモンスターと同じ位相なのです。同じ位相を持つもの同士ならば、互いに干渉する事が出来るので唯一ネームドだけがモンスターを討伐することが出来るというわけです。昨今増加するモンスターの襲撃は世界が傾きかねない異常事態。よってネームドを支援するために【クエスト】というルールを国で決め、その討伐報酬を国民の税金から支払う。こうして名前持ちを国民総出でサポートし日々私達はモンスターと戦っているのです≫

 

 つまり、ネームドは異世界から呼ばれた【駆除業者】といったところか。


 モンスターを自分たちでは対処できないから異世界人が何とかしてくれと。

 ……全く勝手に異世界に連れてきて何て無責任な。


 話を聞いた限りではネームドはモンスターを討伐するのが当然、というのがこの世界の一般的な価値観のようだ。

 

 元の世界に帰る方法もまだ分からない。

 取り敢えずは彼らの考えに従っておくことにしよう。


「ネームドに戦う理由があるのは理解した。しかし僕は丸腰だぞ?どうやって戦うんだ?」

 

 僕は試しに目の前の電信柱を殴ってみた。

 

 なまら痛い!

 

 勿論、電柱はびくともしてない。

 異世界に来たことで身体能力が滅茶苦茶高くなった……というわけでもないようだ。


≪モンスターを倒せば、戦う武器は手に入ります≫


 ……オンラインゲームのドロップアイテムみたいだ。


「そのモンスターを倒す武器は?」


≪モンスターを倒すことで手に入ります≫


「オンラインゲームでも末期な方じゃねーか!」


 おいおい、初めから積んでるじゃない。

 言っておくけど僕は喧嘩なんて生まれてこの方した事無いし武術のたしなみどころかろくにスポーツ経験も無い。

 体力だって今駅近くの病院から駅前まで走って息切れするレベルだぞ。そんな現代っ子が現在謎だらけのモンスター相手にどうしろと。


≪クエストはモンスター討伐以外もございます。それらをクリアしてポイントを溜めていけばモンスターと戦う手段である【特殊技能スキル】を受け取ることが出来ます。こちらの一覧をどうぞ≫

 

 独りでにスマホの画面が切り替わる。

 ……何々、モンスターの痕跡採取に現地調査。

 どうやら戦わなくても地味~なクエストを重ねていけばポイントで【スキル】なるものを購入できるようだ。

 

 僕はアプリのストアページに目を滑らせ、【スキル】の項目にタッチする。

 様々な技能の名前がずらっと並んでいる。

 

 ふむふむ。


 主に【魔法技能マジックコマンド】と【現象技能アクションコマンド】の二つに分かれている様だ。


 

 【フレイム】、【アクア】、【ストーム】、【ランド】。

 

 

 現代化学では説明できない非現実的な力が魔法技能マジックコマンド


 

 【ボルト】、【ソード】、【射撃ザップ】、【飛行フライト】。


 

 現実的な範囲で存在し起こりうる事象をまとめたものが現象技能アクションコマンドと言うらしい。


【商店割引券】、【ホテル優待券】、【娯楽施設年間パス】。


 ……これは果たして技能スキルなのか?



「ん?」


 一番最後のページ。


 1000万ポイントという数字と共に【願いを一つ叶える】おひとり様1回限り!

 

 という項目があった。


「……願いをひとつ叶えるって……。()()()()に帰る事も出来るってことだよな?」


≪元の世界という意味は答えかねますが、恐らく可能です≫


「1000万ポイントってどれだけの価値なんだ?」


≪上場企業に20歳から就職して60歳で定年を迎えるまでの生涯年収が大体それぐらいです≫


 ……とてもじゃないが帰るのに40年も待っていられないぞ。


≪しかしご購入され、願いを叶えているネームドの方は既に何人もいらっしゃいます。それにこの指標は()()()()()()で全て済ませるならの話です。クエストの中には破格な報酬のものもございますし元々クエストの報酬は平均的な仕事の収入と比べ遥かに高額です。まずは簡単なものから受けることをお勧めしますが、たゆまぬ努力をすればいずれ達成できる項目でしょう≫


「……努力すればいずれ、ね」

 

 先ほどストアページを見て分かった。

 スキルさえあれば、どんなことだってできる。

 そう、ここはポイントさえ貯めれば()()()出来る世界なのだ。

 細かいことは一切考えなくていい。

 ここは現実とは全く違ういたってシンプルなルールで構築されている。


 この世界に魅了される人間というのはそれほど現実で退屈に閉じ込められ刺激に飢えているのだろう。

 夢のような現実の異世界に魅入られ、ハマる奴の気持ちも何となく分かる気がする。

 

 ……しかし僕にはライアがいる。

 帰るべき場所があり、未練がある。


 彼女の為に僕は現実から目を背けるわけにはいかない。

 必ずライアと共にこの異世界から現実に帰って見せる。

 ここが異世界だと理解してから僕はずっとそれを思って行動していた。

 

 そのためにもひとまずはこの世界のルールにのって生活してやろうじゃないか。

 覚悟は出来てる。


「……僕はどんなクエストを受けたら良い? 紹介してくれ」


≪それでは、近隣で募集されているクエストを表示いたします。…………×××通りの鉄道会社からの依頼です。地下鉄でエビが大量発生しているのでその狩猟をお願いします、との事です≫


 ……それは漁師の仕事なのでは?それに海や川も無い地下鉄で?


「エビ?エビってあのエビの事だよな?」


≪エビはエビです≫


 地下鉄にエビ……ねえ。

 そういえばそこから隣町に行けるんだったか。もののついでに受けておくか。



≪【春野カオス】は【エビ討伐!】のクエストを受けました≫



「よし、これでOK」


≪はい、クエスト頑張ってください。ちなみにすぐ目の前の施設が地下鉄の出入り口です≫


 SSSがそう言った瞬間、地下鉄の階段の下からガサガサと走る音がしたかと思うと、甲殻類の化け物が次々と地上へと現れた。

 

 その姿を見て、僕は思わず叫ぶ。


「僕の知ってるエビと違う!!!」

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