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ここは異世界だけど異世界じゃない  作者: トミタミト
異世界生活編
2/18

2.僕の名は

 ……この機械は僕の行動に反応した?

 

 気のせいか? ……いや確かに聞こえたぞ。

 

 もしかしたら極秘に開発された他者の思考を読み取るスーパーインターフェースが備わった自動販売機がこの病院に秘密裏に設置されていて、これはその試運転用の筐体とか?

 

 ……そんな馬鹿な。サイエンスなフィクションじゃあるまいし。


≪今日のお天気は晴れ。数日は快晴が続くでしょうが、夜はまだ冷え込むので上着などの準備を忘れないようにしましょう。本日の星占いの運勢の一位はうお座の貴方。思いがけない出会いでハッピーな出来事に遭遇するかも。ラッキーアイテムは【エビフライ】です。逆に気を付けてほしいのはおひつじ座の貴方。今日は最低最悪の日。何をしても上手くいかず事態が思わぬ方向へ向かってしまうかも。今日一日は出歩かない方が良いかもしれませんね≫


 ……ちなみに僕はおひつじ座である。


≪ラッキーアイテムは竹輪ちくわです≫


「持ち歩くか!」


 思わず自動販売機にツッコミを入れてしまった。一体何なんだこのポンコツは。


≪私はポンコツという名称ではありません。私の名前は迷える者を導く為に作られたシステム“Stray Sheep Shepherd”。通称 【SSS】(スリーエス)です。私はこちらの世界に来て何も分からずに困っている方々の為のインフォメーションとなっております≫


 人の思考を読んだ!? 一体どうなってるんだ!?


 ……原理はよくは分からないが、この自動販売機は明らかに意思を持って動いている。

 

 ストレイ・シープ・シェパード(Stray Sheep Shepherd)。

 

 訳せば、迷える子羊の羊飼いって意味だろうか。

 僕の稚拙な英語力なので合っているかどうかは分からないが、恐らくそんな感じのニュアンスだろう。

 

 ん? ……こちらの世界?


「こちらの世界に来て、という事はやっぱりここは【異世界】なのか? ……質問だ、SSS」


≪はい、どうされましたか?≫


「こちらの世界って意味は、ここは現実世界じゃないのか?」


≪いつでも出来立て、バフォメ堂特製、熱々のラーメンやうどんはいかがですか?≫


「おい」


≪はい、どうされましたか?≫

 

 言い方が悪かったか?


「こちらの世界って事は、僕のいた世界とは違うって意味だよな?つまり、ここは【異世界】ってわけか?」


≪ちょっと何言ってるか分からないです≫


「なんで何言ってるか分かんねえんだよ!」


 駄目だコイツ、大層にインフォメーションとか名乗っておきながら人を導く気が全く無いじゃないか。

 

 ……ここが現実世界でないのは何となく察してはいるが、こう言葉を濁されると何だか腹が立つ。

 これ以上の質問は無駄だと判断したので僕は彼女ライアの事を問う。


「……高山ライア。僕はその子を探している、場所を知っているのなら教えてくれ」


 僕は駄目もとで彼女の行く先を聞いてみた。 


 ……この世界にライアも来ているというのならきっと僕と同じ目に遭っているはずだ。

 異世界に飛ばされて右も左も分からず不安なのは僕もだが、正直心細い思いをしているだろう彼女に早く合流して少しでも安心させてあげたいという気持ちの方が強い。


≪はい、高山ライア様の所在地ですね。ただいま検索いたしますので少々お待ちください≫


 自動販売機の画面が砂時計のマークになると、わざとらしくカリカリと内側から音を鳴らしはじめた。90年代のデスクトップパソコンか。


≪検索完了≫


 ……意外と早かったな。


≪残念ですが貴方には権限がありません。申し訳ありませんがもう一度最初からやり直してください≫


 ……はぁ?


()()()()で【名前を持たない者】は管理された施設及び公的機関、サービス等をご利用することが出来ません。名前の獲得をされてから再度検索してください≫


 ……だったら初めからそう言ってほしかった。コンビニのATM並みに回りくどい機械だ。


「もういい、お前には頼らん」


 僕はこんな奴より頼れる文明の利器を持っているじゃないか。

 

 ポケットから【スマホ】を取り出し画面を操作する。

 

 ……そうだ、ライアに電話を掛けてみよう。

 

 コール音が室内に響き渡る。

 ……しかし数分待っても何回かけ直しても彼女が電話に出る気配は無かった。

 警察や消防、家族等頼りになりそうな人物や団体にも電話してみたが、全く繋がらない。

 SSSの言う通り、本当に()()()()では名前が無いと何も出来ないようだ。

 

 最早、無力な自分が頼れるのは目の前の胡散臭い機械だけ。

 僕はしぶしぶ台詞をひねり出す。


「……名前を獲得すればいいんだろ?」


≪はい、それでは入力フォームへと移ります。手元のキーボードかタッチパネルで操作してください≫


 ゴトンと物が落ちる音がしたと思ったら、自動販売機の取り出し口から無線のキーボードが出てきていた。


 ……もうそれくらいじゃ突っ込まんぞ。


 僕はそれを引っ張り出し、片手でそれを支え、キーを触る。


「……名前か」


 僕は自分が何者なのか記憶が全く無い。

 適当に入力しても良いが、僕はゲームで名前を決める場合でもキャラクターに感情移入して20~30分はかかるタイプだ。

 僕は何も良い案が思いつかず、首を捻る。


≪お悩みでしたら、自動で名前を作成しますがいかがでしょうか?≫


 自動。……なるほど、そういうのもあるのか。

 僕は軽く頷きSSSに答える。


「じゃあそれで」


≪では、世界中の検索された単語、命名基準、流行などを検索し、ランダムでお客様の名前を生成いたします≫


 おお、何だか凄そうだ。一体どんな名前が出来るんだろう。


≪私にも分かりません≫


 思わず舌打ちしそうになったが、何とかこらえた。 


≪あ、登録料として325円をお願いいたします≫


「金取るのかよ! それにあ、って何だよあ、って! 絶対今思いついただろ!」


 僕は無反応を貫くSSSを睨み付けながら、しぶしぶズボンから財布を探す。

 

 ……見当たらない。

 しまった。病院まで急いで来たのでスマホ以外の荷物は置いたままだったか?

 僕は小銭すら持ち合わせていなかった。


≪ではお持ちのスマホを目の前のリーダーにかざしてください。決済と登録が同時に完了できます≫


 SSSは電子マネーにも対応しているようだ。

 

 正直一切信用できないが……。

 月末に法外な請求が来たりしないよな?


 仕方なく僕はSSSの画面にスマホをかざす。

 ピロリンと間抜けな音がしたかと思ったら目の前の画面がくるりと切り替わり、




 !?




 同時に世界の雰囲気が変わったような感覚がした。




 お前は何を言っているんだ、とでも第三者から言われそうだがそういう奇妙な感覚だとしか言いようがない。今までの人生で味わったことのない感覚だ。

 無音だった外から、救急車のサイレンや人の話し声が聞こえてきてだんだんと自意識がはっきりとしてくる。心なしか部屋の暗い雰囲気も薄れた気がした。


≪……貴方のお名前が完成いたしました。貴方は今日から春野混沌はるのカオスです≫


 えっ?


春野混沌はるのカオスです≫


 ……もう一度言ってくれ。


春野混沌はるのカオスです≫

 

 ちょwwwカオスwwwww

 

 どうしよう、超絶ダサい。

 なんだよカオスって。インターネットの一部でしか聞いた事無いよ?苗字が春野って普通っぽいのが余計にダサさを際立たせてるよ?まるでネット覚えたての小学生がオンラインゲームで付けるような壊滅的な名前だ。



≪【春野カオス】が【名持ち(ネームド)】として登録されました、……SSS本部に送信完了。ハッピーバースデー! 春野カオス≫


 どこからともなくクラッカーが破裂した。僕は頭に付着した紙屑を取りつつ、


「祝福してるところ悪いんですけど、それ以外の名前あります?」

 

 こんなダサい名前は嫌だと否定したが。


≪一度登録された名前の変更は出来ません≫


「今時名前変更不可かよ!」


 ……こんな機械を信用した僕が馬鹿だった。

 ランダムで良いと言った僕も悪いよな。うん、もういいやカオスで。

 ハハッ、カオス。


 ……気を取り直して本題に戻ろう。


「終わったなら早く高山ライアの居場所を教えてくれ」


≪はい、春野カオス様。ただいま検索いたしますので少々お待ちください≫


 ……非常に恥ずかしいので名前を復唱しないで欲しい。

 まあ僕の事はこの際良い。

 一刻も早くライアの所へ行く事が僕の目的なのだから。


≪検索完了。高山ライア様はここから数㎞先にある【名持ち街】A-2丁目第3区にお住まいでいらっしゃいます」


「名持ち街?」


「貴方のようにこの世界で名前を得た【名持ち(ネームド)】が多く住む住宅街でございます」


 【名持ち(ネームド)】。

 どうやら名前を授かった人間はこの世界ではそう呼ばれるらしい。


 名前がある人間がそんなに珍しいのだろうか?SSSの言い分から察するに随分特別視しているようだ。

 それにライアは既に住宅地に住んでいるって?誰かに拾われでもしたのだろうか?ひどい目にあったりしてないといいが。


「SSSはお役に立てましたか? よろしければアンケートにお答えください。良かったと思うなら○を。普通なら△を。駄目だと思うなら×を押してください」


 僕は×を押したい衝動を抑え、SSSを無視し部屋を出ていく。


 この世界に来て、気になる事は山ほどある。だが一刻も早くライアに会うのが僕の目的だ。

 僕は独りで呟くSSSを尻目に病院を後にすることにした。

 


 誰もいない病院を脱出すると、そこは活気溢れる都会だった。

 夜闇がネオンの街灯で照らされる中、僕は息を切らしながら走る。


 ……知らない街。


 でも建築や人種は見知っているものだった。

 

 もっとこう、何というか異世界だから、勝手に剣と魔法の世界みたいなのを想像していた。

 

 正直拍子抜けである。


 ここは現実世界と何一つ変わらないじゃないか。

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