17.嘘からはじまる異世界生活
「……ここは?」
懐かしくも暖かい感覚。僕はぼーっとしたまま辺りを見回す。
「パパ! 見て見て! おっきい観覧車!」
「こらこら、走ると危ないよ」
……ここはデパートの屋上の遊園地か?
どうして僕はこんなところに?
「うふふ、まったくあの子ったら。週末は久々にパパがお休みだからって相当楽しみにしてたのね」
……ライア?
いや、違う。今の彼女よりもっと大人びている。
「ほら、ライア。あーん。……美味しい?」
「うん! おいしい!」
3人家族が仲良く買い食いをしている。
僕は彼らの事が気になりそれを見つめていた。
「中々休みが取れなくてごめんな。だから今日はいっぱい遊ぼう、ライア」
「うん!」
ライア?
この子は小さい時のライアなのか?
画面が切り替わる。
「おーい! ライア! パパが来たぞー」
「ちょっと! そんな大声で言わないでよ恥ずかしい!」
「そ、そうか……ごめん」
学校の教室。
授業参観中のようだ。
その父娘のやりとりに教室中に笑いがこだまする。
「あの人がライアのパパさんですの? ちょっと変わった人ですわね」
ライアは顔を赤くしたままずっと俯いている。
……あの時は悪いことしたな。
また画面が切り替わる。
夕刻。
その男は雨の中を必死に走っていた。
くたびれたスーツや履き古した靴が汚れるのを気にも留めず、男はひたすら走っていた。
やがて男は病院に入り、他の患者に迷惑がかからないよう早歩きで病室に向かう。
「ライア! 大丈夫か!?」
「……」
少女は無言でベッドに横たわっていた。
「担任の先生から聞いたぞ、突然倒れたって……」
「……どうしてすぐにきてくれなかったの?」
「………ごめん。中々仕事を終わらせられなくて」
「パパはいっつも仕事仕事って! 私の事なんてどうでもいいんだ!」
「違う! 僕は……」
「パパの嘘つき! パパなんていなくなっちゃえ!」
「………本当にごめん」
男は落ち込みながら病室を後にした。
自動販売機で缶コーヒーを買い、気分転換に屋上へ向かう。
「僕はライアを悲しませてしまった。……最低の父親だ」
男は首に下げているロケットペンダントを取り出し、中の写真を覗く。
そこには3人共笑顔で写っている家族の写真が入っていた。
「男手ひとつでもライアを育てて見せるって君に約束したのにな。……君だったらどんな言葉をライアにかける?」
缶コーヒーを飲み干し、男は大きく息を吐いた。
「……よし、今度有休を取ろう。そしたらライアと一日中過ごせる。うん、いい考えだ。絶対そうしよう」
そうだ。
彼女の手前、弱音など吐いていられない。
僕はライアのたった一人の父親だ。
「そうだ、お見舞い。……受け取ってくれるかな?」
男は透明の袋に入った花柄のヘアピンをポケットから取り出す。
急いでいたのでその辺に売っていた安物だが……。気に入ってもらえるだろうか。
「おっと」
男は手を滑らせ、小袋を落としてしまった。
それは屋上の手すりを超え、屋根のぎりぎりで留まる。
「危ない危ない、……うん? 手が届かん。……仕方ない……誰も見てないよな?」
男は小袋を取るため、手すりを乗り越えて身をかがめる。
「ふぅ~安物とはいえお見舞いをなくしでもしたらそれこそライアに申し訳ないからな」
男は安心し、手すりを乗り越え屋上に戻ろうとし、
「!」
強風に煽られ、真っ逆さまに落ちていった。
べっとりとした赤が見える。
全身の血の気が引いていくのを感じ視界は暗黒へ包まれた。
僕は死ぬのか?
……嫌だ。
嫌だ。
嫌だ!
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!
死ぬのは嫌だ!
僕が死んだら残されたライアはどうなる!?
……神でも悪魔でも何でもいい。
僕にもう一度だけチャンスをくれ。
どんな受難でも呪いでも受ける。
どうか、哀れな僕に、
『二度目の人生を与えてくれ』
……そうだった。
僕は病院の屋上から落ちて死んだんだった。
そして異世界に転生して【春野カオス】として生まれ変わった。
ライアにもう一度会うために。
「……それが事の顛末ってわけね。貴方はライアの父親との思い出と君自身の意思が合体して生まれた存在ってわけだ」
ライアがベッドで眠っている隣でライアが目の前に立っている。
……ライアが二人いる?
「現実の中の私は随分と不幸なのね。両親を亡くし、自分は不治の病で。私とは大違いだわ」
どういうことだ?君はライアじゃないのか?
「私は私よ」
ライアらしき人物が画面をスライドさせると景色が入れ替わった。
……僕の葬式が行われている。
「パパが死んで以来、高山ライアは異世界に行けるようになったの。行けるのは眠っている間だけだから初めこそ夢だと思っていたけど、実はそこは本当の異世界であると気づいたのよ。異世界なら奇跡も魔法もある。ライアはある願いを求め、この世界のモンスター達と戦い続けたわ。……私は自身の精神が壊れないよう生まれた異世界のライアってところね」
多重人格って事か?
「元々この体は異世界人として生まれた私のものよ。ただ現実のライアと魂の性質……とでも言うのかしら。それが同じだったから精神が同期してひとつになった。いつの間にか私は高山ライアと言う【ネームド】になっていたの。初めこそ現実のライアの精神が出ていたけど彼女は元々争ったり戦ったりするのが
好きじゃなかったのか、私の奥に引っ込んじゃってたのよ。でも貴方との出会いが現実のライアを呼び戻すトリガーとなったってわけ」
画面が切り替わり病室が映し出された。
部屋の真ん中のベッドでライアが眠っている。
ネームドとして活躍して。
自分の悪となるものはすべて倒して。
自分の周りから、何もいなくなって。
そこまでした理由って何だ?
「ここを異世界と認知させなくする。それは異世界の私の願いよ。現実のライアは貴方を現実に帰したくないと思っていたから私の願いに従った。ここが現実だと皆が思い込んでしまえばここは現実になる。貴方の魂は現実に帰ることなくこの世界で新たな人生を送る事が出来る。貴方とライアは永遠にこの楽園で過ごしたかったのよ。……生憎、後から生まれてきた貴方にはその願いは効かなかったようだけどね」
僕が異世界転生することを以前から知っていたのか?
「まさか、そもそも異世界転生なんて本来はSSSのシステム上あり得ないことよ」
ライアは眠っているライアに優しく微笑みその頭を撫でた。
「ライアの本当の願いはパパを復活させること。でも生憎魔法でも命を扱うことはできなかった。SSSでパパを復活させることが出来ないと知って以来、私は毎日私自身に【嘘】をつきつづけた。私のパパは死んでいない、必ず異世界に現れるってずっとね。私の能力【虚言】は本人は対象外で非現実的な事は決して起こりえないはずだけど結果、春野カオスというネームドは現れた。元々私の魂は二つ分だから別の人間に発動したという扱いをされたのか、はたまたSSS自体にスキルが効いてしまったのか真意は定かじゃないけど……。……ライアの願い(うそ)は異世界のシステムすら凌駕したって事なのかしら」
ライアは眠っているライアを起こした。
目を覚ましたライアは僕の方に優しく微笑む。
僕の見知っている、僕の娘だ。
こんな事、ありえるのだろうか。
まさに奇跡としか言いようがない。
嘘から出た真。
春野カオスという存在は正にそれを体現していた。
僕はベッドのライアを抱きしめ、あの時言えなかった事を伝える。
「ごめんなライア、辛い時そばにいてやれなくて。……今度こそ僕は君と一緒にいると約束する。絶対にこの手を離さない」
「ありがとうカオス君。……いえパパ。いなくなっちゃえなんて嘘。私もパパの事が大好きよ」
「ああ……ああ」
僕は大粒の涙を流し、ライアを精一杯抱きしめ続ける。
「パパ。私のお願い、聞いてくれる?」
娘の問いに僕はゆっくりと頷いた。
「今度、現実世界の病院で最新鋭の治療を受けることになったの。前例のない手術になるから完治するかどうかはお医者さんにも分からないみたいだけど。……私はそれを受けてみようと思う。絶対に病気を治して見せるから、パパにそれを応援しててほしいの」
そんなの当たり前じゃないか。
僕はライアの手を強く握り、その気持ちに答える。
「それと、もうひとつ」
「おいおい、この世界で願いはひとつしか叶えられないんじゃなかったのか?」
「……あはは、私は強欲な神だからね。もう一つはパパに、この異世界で第2の人生を歩んでほしいって事。私は異世界のライアと精神がつながっている。パパがここで元気な限りは私はいつでもパパに会えるから。だからこの世界でライアと一緒に暮らしてほしい。それがもう一つの願いよ」
僕は異世界のライアの方を見る。
「まあ、私自身に頼まれちゃ仕方ないし。どうしてもっていうのなら貴方の異世界生活に付き合ってあげてもいいわよ。……まだクエストやネームドについて教えることは山ほどあるんだから。覚悟してなさい」
僕はしっかりとライアに伝える。
「ああ……もちろん」
僕は娘の提案に心から喜んだ。
「さあ、戻りましょう」
ライアは剣で空間を切り裂いた。
すると、もやもやとした空間は開けていき、僕の意識は夢から覚めていく。
「来てくれてありがとう。パパ」