13.この素晴らしい世界に反逆を
……ふう。何とか全部食べ切れたぞ。
僕は炭酸飲料で口に残る油を流し込む。
……それにしても。
「意外だよ。こんなジャンクフードが好きだなんて」
ライアは高級料理を毎日食べられるくらい裕福で舌も肥えているはずだろうに。
「ふふ、とってもおいしかったよ。カオス君と一緒に食べたからかな?」
僕は照れ隠しで、つい目をそらしてしまった。
……それにしても料理は異世界といえど現実と変わらないんだな。
ハンバーガーやホットドッグ、アイスクリーム。
よくあるフードコートのよくあるメニュー。
それに本当にここは異世界なのかと錯覚するくらいデパートの雰囲気に既視感がある。
違いといえば看板の文字くらいか。
それだけ、この空間は現実に似通っている。
「どうしたのキョロキョロ辺りを見回して?もしかして異世界っぽくないとでも思ってる?」
図星だ。やはり僕は思っていることが顔に出やすいらしい。
「いや、ははは……」
「特別に教えてあげる。この世界の秘密を」
ライアは手に持ったコップを置き、説明を始めた。
「元々この世界は中世ヨーロッパ風の剣と魔法の世界だったのよ。彼らは召喚魔術でモンスターを退治する為にネームドをどんどん異世界から呼んだ。でも転移者の中には現代人も多くいてね、彼らが生活の不自由さを解決するために異世界人にどんどん知識を与えちゃったの。……結果として文明が現実と変わらないくらい発展しちゃったわけ。もちろんファンタジーな施設や概念も形骸的に残っているけど完全に過去の産物と化しているわね」
なるほど。この世界のファンタジー要素はすでに西部劇や時代劇みたいなものだと。
「SSSもその時代に使用されていた【魔法】を現代的に改良した産物なのよ。魔法使いって杖なんかの媒体を使って精霊に呼びかけたり、信仰する神に祈ったりして魔法を行使するじゃない?簡単に言えばSSSは【情報端末】を媒体にして精霊や神に呼びかけるれっきとした魔法なの」
じゃあ、今でも魔法自体はあって昔ながらの方法で使おうと思えば使えるわけだな?
「ちょっと使ってみたいかも」
魔法を身に付けさえすれば、制御不能な能力よりはるかに役に立つ。
「現在はSSS以外で魔法を使用することは禁止されているわ。能力が無闇に使えたら、人同士の争いが絶えずにいつまで経っても文明は発展しないでしょう?」
確かに、戦記物の映画は好きな方だが僕はそういう世界に行くのは正直ごめんだ。
「だから地位を得た転移者たちが魔法を【スキル】というデータシステムに作り替えて、使用条件を完全ポイント制にし、【ネームド】というシステムを作ったの。自分たちと同じ道徳的な価値観を持つ現代人のみが使用できるように限定したのよ」
「ん? 現代人だとしても悪い事考える奴はいるだろ? それこそ魔法の能力なんて手にしたら気が大きくなりそうなもんだが」
僕はナナオ達を能力で口封じしようとした事を思い出した。
強すぎる力は時に人を狂わせてしまう。
例えどんな善人でも欲望や絶対的な目的があれば価値観なんてころっと変わってしまうだろう。
人なんてそんなものだ。
「転移前の人間の情報はSSS本部が事細やかにチェックしているはずよ。純粋な悪人はまずこの世界に招待されないわ……仮にそういう存在が現れたとしても」
ライアは立ち上がり、
「私が狩るから」
いたって平坦な口調で、答えた。
……僕の知らない間に彼女はどれだけの業を背負ってきたのだろう。
最上階。
そこには遊園地があった。
デパートの屋上に遊園地だなんて今時珍しい。
「ジェットコースター乗らない?」
「ごめん僕、絶叫系はちょっと」
「じゃあ、メリーゴーランド」
「目が回って酔うかも」
「……コーヒーカップ」
「酔うって」
「……何なら乗れるの?」
ライアはあきれて僕に問う。
僕は指を差し、答える。
僕たちは観覧車に乗ることにした。
「ほら見て、人がゴマ粒みたい」
ゴトゴトと車輪が周り、僕たちは地上をゆっくりと離れていく。
……僕は高所恐怖症だ。
「何で目を伏せているの? ほら、ちゃんと見る。落ちたりなんかしないから」
「暴れないで!? 揺れる! 揺れるから!」
「はぁ……じゃあ私の隣に座る? それならちょっとは安心できるかな?」
「何ですと!?」
「怖いんでしょ? ……早く来たら?」
僕は無言でライアの隣に座った。
彼女の熱を肩で感じる。僕の熱も上がりそうだ。
「ほら怖くない。大丈夫」
「……ああ」
僕は無言でライアの手を握った。
彼女は拒否一つせず、握手を受け入れた。
僕は気恥ずかしくなり、窓の景色を眺めて気を落ち着かせる。
「良い景色でしょ?」
「ああ」
「今日は付き合ってくれてありがとう。久々に楽しかった。普段こういう事全然しないから良い気分転換になったわ」
「……他に人付き合いは無いみたいな言い方だな? アグニとかいるだろ?」
「う~んアグニ君とはあまり遊ばないわね。彼、何が楽しくて生きてるのか分かんないくらいの朴念仁だし。……後もう一人、私を知っている人がいるけど絶対に交友関係にはならないでしょうね」
どうやら同じ現実世界からの転移者がもう一人いるらしい。
ライアの口ぶりからして喧嘩別れでもしたのだろうか。
「……カオス君」
「何?」
「まだ私を現実世界に帰したいと思ってる?」
……正直少し前までは迷っていた。
だが僕は彼女の為にも自分の意思を曲げたくない。
「もちろん」
僕の答えにライアは表情を曇らせる。
「どうして? ここで何不自由なく生活できるのに?」
「君がこれ以上苦しむのを見たくないからだ」
「え? 何が? 【痛み止め(ペインキラー)】さえ欠かさなければ持病も全然平気だし。私はこの世界に愛されているの。神様なの。戦い続けなきゃいけないの。この世界にいなきゃいけない存在なの。どうしてそういう事言うの?」
「じゃあ何で、君は今泣いているんだ」
ライアは驚き、素早く瞳に垂れた涙を拭った。
「見せてみろ」
僕はライアの手首を掴んで手のひらを開かせた。
マメが何度もつぶれた跡。
彼女の手は細かい傷でボロボロでところどころ炎症で腫れあがっていた。
一体どれだけの剣を振るえばこれだけ傷つくのであろうか。
僕は異世界に来てからSSSに対して、この世界の理に対して正直不信感しか感じていない。
【ネームド】なんて不快なシステムを構築し、モンスターを討伐する為に心優しい少女の心身が壊れるまで戦い続けさせたのだから。
モンスターがどうとか彼女や僕には関係ない。
それでも世界が戦いを望むというのなら僕は絶対にそれを許せない。
「君をこの世界の都合で戦わせ、傷つけたくない。だから連れて帰る」
僕が導き出した答えを伝えると、ライアは考え込んで答えた。
「私はこの世界で一番強くて一番ポイントを持っています。一番はクエストで手に入るポイントをほぼ独占できます。貴方は私を現実世界に連れ戻すため多額のポイントを支払い願いを叶える必要があります。
……この意味が分かりますか?」
僕は事実に気づき冷や汗をかいた。
「私を倒さなければ、貴方の願いは一生叶わないわ」
いずれ、戦う運命にある。彼女ははっきりと僕に意思を伝えた。
……僕たちがデパートから出て数十分くらい経っただろうか。
それからずっと無言で街中を歩いている。
交差点の横断歩道で、僕は口を開いた。
「考えたんだけどさ、こうやっていつまでもライアに世話になっているのも悪いなって。とりあえず僕はこの世界でネームドとして自立することを目標にしようと思う。クエストでポイントを稼いで適当なアパートでも購入してさ」
「……ずっといてくれていいのに。カオス君も私から逃げるんだ。……私の事嫌いなんだ」
「違う。僕は逃げるつもりはない。僕は願いを必ず叶える。もちろんライアを傷つけずにだ。君と戦う以外の別の方法で必ず現実世界に帰ってみせる」
「………そう、無駄だと思うけど」
「無駄じゃない。その為に僕はやってきたんだ……僕は君の事が好きだ。だから僕は君の為に自分の願いを叶えたい。僕は必ず君に向き合うよ、約束する」
無言。時間だけが流れていく。
「そうだ、これ」
僕はポケットから透明の小袋に詰められた花を模したへアピンを取り出した。
「今持っているポイントじゃこれくらいしか買えなくてさ……。女の子が好きなセンスもよく分からないし、今までのお礼といっちゃなんだけど……受け取ってくれないか?」
「……ありがとう、大事にする」
ライアはそれを素直に受け取ってくれた。
「今日は付き合ってくれてありがとう。……さようなら、春野カオス君」
ライアはそういうと踵を返し奥へと歩いて行った。
「次会うときは敵としてかもね」
……不穏なことを言うなよ。
僕は街中で消えていくライアをただ見つめることしかできなかった。
……しまった。その場のノリでライアと別れてしまったが僕は今日どこで寝たらいいんだろう。
……ネカフェにでも泊まるか。
次の日、僕はネットニュースを見た。
名持ち街で大量のモンスターが発生し、名持ち街は壊滅したらしい。