12.デート・ア・ライフ
「そろそろ身構えてて」
ライアが窒素タンクを差し込み数秒経った頃。
そう言った瞬間、地面が膨れもがくようにナスたちが現れた。
……目は無いはずだが、僕たちの方を恨めしそうに睨みつけているような気がする。
まあ、巣の中で窒息させられそうになったら怒り狂うのも当然っちゃ当然か。
ナスたちは唸り声を上げながら、僕たちの方へ向かってきた。
見た目こそ野菜のナスだが、その迫力は野生の肉食動物さながらだ。
僕は足がすくみそうになりながらも腰に装備しているナイフで応戦する。
「そっちは任せたよ!」
≪【強化】≫
ライアはスキルで身体能力を上げ、ナスたちを剣で次々と切り刻んでいく。
僕も負けずにナイフを振り回し、一匹のナスを切りつける。
しかし、刃はモンスター達に届かず空を切る。
……正直当たる気がしない。
想像してもらったら分かるだろうが、例え野良猫でも常人の反応速度では中々触れることすら出来ない。
それが野生のモンスターならなおさら。
……僕がまともな戦闘を行えるのは当分先になりそうだ。
僕は手のひらをナイフで傷つけ、ブラックホールを発生させる。
そして手を振りかざし目の前のナスたちを次々と暗黒へと吸い込んだ。
この能力に頼りすぎるのはあまり良くない気がするが、現状この方法に頼るしかない。
僕は部屋のホコリを掃除機で取る感覚でナスたちを一掃していく。
「へえ、やるじゃん」
ライアは僕の様子を眺め、休憩していた。
すでに彼女の担当した分は終わっているようで剣を腰に収めて公園のベンチに座っている。
その時、突如ライアの座っていたベンチが吹き飛び、ひと際大きな砂煙を上げ、巨大なナスが現れた。
……こいつがこの巣のボスか。
「ライア!」
僕はライアの安否を確認するためにそちらに走る。
しかし目の前には巨大な怪物が立ちはだかっている。
「そこをどけ!」
僕はブラックホールでボスを吸い込もうとする。
だがボスは強靭な足腰で踏ん張り、それを拒否する。
……出力が足りないのか!?
でもこれ以上出力を上げたら……!
既に僕のブラックホールによって辺りの木の枝は折れ、綺麗な花壇は見るも無残な姿になってしまっている。
これ以上ブラックホールの出力を上げれば公園は更地になってしまうだろう。
なるべく周りの被害を考え、吸い込まないようにしなければと
思っていたが、こればかりは自分の意思でどうにもできない。
「くそっ!」
僕はボスにブラックホールを当て続ける。
しかし、とどめを刺せず動きを止めるだけに至っていた。
「そのまま続けて!」
ライアの声が聞こえたかと思う次の瞬間、空中から彼女は降ってきてボスモンスターの頭部を切り飛ばした。
てのひらにモンスターの一部だった破片が吸い込まれていく。
僕はライアを吸い込まないように手を後ろ手に隠す。しかしブラックホールの引力で僕は身体が回転し、地面にすっころんでしまった。
華麗に着地した彼女は僕の手を掴み、体を起こす。
……うう、カッコ悪い。
「強い能力を持っていてもまだ扱いきれていないみたいね。まあ、これから経験を重ねて体を鍛えるなりポイントで装備を整えていけばいいと思うわ。ごめん、空中で貴方とボスとの戦いを見守っていようと思ったけど長くなりそうでぶっちゃけ途中で飽きちゃったから倒しちゃった」
ぶっちゃけすぎですよライアさん、なんて気まぐれな神様なんだ。
……それにしても。
僕はボコボコになった公園を見回しながらため息をついた。
これが初心者向けか。
こんな大変な仕事をネームドはほぼ毎日こなしているなんて何てハードなんだ。
「さあ、次に行きましょう」
……へ? 次?
「まだまだナスの巣はたくさんあるわよ! 言ったでしょ、【クエスト】は仕事の取り合いよ。早く行かないとカオス君が出来る範囲のクエストが無くなっちゃうわ。ほら、早く!」
僕はライアに手を掴まれ、空へと拉致された。
……ああ、なんてキツイ仕事なんだろう。
スキルなんて無くても、ほとんど不自由なく暮らせる現実世界がどれだけ楽だったのか僕は今日思い知らされた。
……次の日、僕はライアの屋敷の一室で目を覚ました。
夜じゅうモンスターを狩り続けていたので筋肉痛と疲労で僕の体はボロボロだ。
「おはようカオス君。爽やかな朝ね!」
バーンとドアを開け、ライアが入ってくる。
……なんでそんなに元気なんだ。
僕はたった今、ゲームみたいに宿屋に一日泊まっただけじゃHPは全快しないって事を身に染みて感じているのに。
「昨日のクエストでかなりのポイントが貯まったわね。今日はそのポイントを使って買出しに行きましょう」
「……ええ~」
正直今日はこうやって一日中布団にくるまっていたい気分だ。それに買い物なんてSSSで出来るのだから出歩く必要なんて無いはず。
「ええ~じゃない! 私はお店をゆっくり見て回りたい気分なの! ほら、早く着替えた着替えた!」
僕はベッドから叩き出され、しぶしぶ起きる。
ライアから上等な衣服を着るよう勧められたがいつものがいいと断った。
「面倒ならメイドに着替えを手伝わせましょうか?」
「い、いや! 自分で着替えるから!」
僕はライアを部屋から出ていかせ、パジャマからいつものフリース生地の服に着替えた。
「留守番よろしくね。スカーレット、アズール」
「いってらっしゃいませ、ライア様、カオス様」
双子のメイドは主人に深々と頭を下げ、出立を見送る。
どうやらライアが留守の時はこの二人が屋敷を管理しているようだ。
「ゆっくり休暇をお過ごしください」
「……ライアに手を出したら……殺す」
僕は赤い子と青い子にそれぞれ真逆のエールを貰うとライアと一緒に街へ歩いて行った。
朝日が顔を照らし目を霞ませる。雲一つない晴天で、絶好の行楽日和だ。
……ん? これってデート? デートだよな?
手くらい握った方がいいんだろうか?
過ごしやすいとはいえ未だ朝方の気温は低い。
手も少し冷える。握る理由はある。
……さりげなく。
あくまでもさりげなくだぞ僕。
僕がライアの手を触ろうとすると、重機の駆動音に邪魔された。
昨日ナスと戦った公園を補修しているようだ。
えぐれた地面を埋め直し、折れた木を植林しなおしている。
「……ここを通るのはやめておこっか」
「……うん」
気まずい思いをしながらその道を迂回する。
結局僕は街に着くまで手を握るチャンスを得られなかった。
僕たちは街で一番大きいデパートに立ち寄った。
ライアは書店に寄りたいと言ったので僕はそれに付き合う。
「あ、新刊が出てる!この先生の作品はシンギュラリティ・フィクションをテーマにしていて、科学が発展してクローン化技術が進み、それでも人間らしさとは何だという心の葛藤を描いていて……」
ライアにタイトルが書いてあるらしきSFの小冊子を見せびらかされる。
読みたくても僕はこの異世界の文字が読めない。
言葉は何故か通じるが、地名などの固有名詞は未だに聞き取れない。
言語学者でも無い限り、未知の言語を解読するのはほぼ不可能だ。
「あ、ごめん。私ばかり話をして。次、カオス君が行きたいところとかある?」
「……う~ん、といっても何の店があるかだなんて分からないし……任せるよ」
「そう? ……じゃあご飯にしましょう。上の階にフードコートがあるからそこで食べよ」
エスカレーターで僕たちはその階まで登っていった。
僕はフードコートの椅子に座っている。
フードコートって異世界にもあるんだな。
思ったよりは混んでいない、平日午前の中途半端な時間だからだろうか。
「あはは、色々あるからつい買いすぎちゃった」
ライアは山盛りのファストフードを詰め込んだお盆を机にどんと置いた。
……これ全部食べるつもりなのか?
「カオス君も一緒に食べよ。これはカオス君が初めてクエストに挑戦した記念ってことで」
ライアはそう言うと炭酸飲料をストローで飲み始めた。僕はいただきますとポーズを取り目の前のハンバーガーを口に放り込む。
……そういえばここに来てから食事や寝床をライアに任せっきりだな。
僕もしかして、いわゆるヒモなのでは?
「遠慮はしなくていいからどんどん食べてね」
男としてのプライドが僕の心を傷つける中、ライアは聖母のような優しい目つきで餌付けされてる僕に微笑んでいた。