11.野菜スレイヤー
お屋敷前。
現在そこに僕は立たされている。
「なあ、この格好は何だ?」
自分の衣装を触りながら、ライアに問う。
僕は現在、黒いライダースーツのような恰好をしている。部屋から出ていくとき、これに着替えてと言われたので着替えてきたが……。
「事故の件はノーカンとして実質ネームドとしての初陣じゃない? ならそれらしい衣装でばっちり決めないとね」
ライアはにこやかに答える。
彼女の方は女騎士のような恰好だ。
細剣を腰に付け、青色の鎧を身に纏い、長いマントを羽織っている。
如何にもゲームに出てきそうな雰囲気だ。
良くは分からないが、きっと多額にポイントをつぎ込んだすごい装備なのだろう。
逆に僕のは近未来的な兵士の装備というか、悪く言えば特撮の雑魚敵のような。
まあシンプルイズザベストって感じ。
……ライアと世界観違くない?
「カオス君の能力をイメージしてスキル、【制作】で作ってみたの。見た目こそ地味だけど、貴方のポテンシャルを引き出す最高の装備にしたはずだから。……さあ、行きましょう。初心者向けのクエストとは言え、ぐずぐずしてると他のネームドに先を越されちゃうわよ」
ライアはSSSを起動し、
≪【飛行】≫
空を飛んだ。
もう何でもありかスキル。
僕は手を掴まれ、空の旅へご招待される。
……言い忘れていたが、僕は高所恐怖症だ。
「ほら見て、夜景が綺麗」
僕は何とか目を開け、街模様を眺める。
……確かに綺麗だ。
明かりの数だけそれぞれの人間の人生や生活が存在する。そう考えるだけで世界の広さを
思い知らされる。
それはこの異世界でも同じなようだ。
街の外はどれだけの世界が広がっているのだろう。
好奇心と高揚感で僕は胸が高なっていた。
街中にぽつんと存在する自然公園。
それを街灯が怪しく照らしている。
極彩色のペンキが塗ってある遊具や色とりどりの花が植えられた花壇。
夜中にはカップルの数組でもデートしてそうなものだが、不気味なほど人の気配がしない。
モンスターが出たことで避難勧告でも出ているのだろうか?
僕とライアは公園の入口に着地し、辺りを確認する。
「SSS、ナスの巣はどこ?」
ナスの巣なんてパワーワード、この世界に来なかったら一生聞かなかっただろうなあ。
≪はいライア様。この公園のシンボルとなる大樹の根元に彼らは巣を作っています。ナスは危険度1、そこまで強いモンスターではありませんが、夜は活発化しています。油断せずに十分気を付けてください≫
SSSが至極丁寧にライアに説明している。
何か僕の時と対応が全然違う気がするのは気のせいだろうか。
「なあ、ナスってどんなモンスターなんだ? ナスってあの野菜のナス? ……とは違うみたいだけど」
何てったってエビが甲殻類の怪人だったからな。
ナスも僕の知っているナスじゃないのは明白だろう。
僕の質問にSSSが反応した。
「解、【ナス】。正式名称は【デモナスの狂獣】。野菜の茄子に似た紫色の光沢のある肌が特徴のモンスターです。群生の生物で昼間は巣となる穴を掘って地下深くで休んでいますが、夜になると餌を求め活動する夜行性です。一匹一匹は大したことありませんが、集団で襲われたらベテランの名前持ちでも苦戦する事必至でしょう。口元から伸びる触手から分泌される酸と、すりこぎ状の歯には十分気を付けてください」
……うん、やっぱり違ったな。
「群れの上位種としてサイズの大きいホブデモナスや長老であるデモナスリーダーなどがおり、最近は体色の違う希少種ホワイトデモナスが見つかっています。希少種は単純に生物学的なアルビノ種というわけではなく、異性へのアピール説や単純にゴリラのシルバーバックのように成熟した個体に示される発達が顕著になった例であるなど説は様々です。しかしモンスター全体に言えることですが、彼らは一般的な生物に見られる生殖器や繁殖行動をした形跡が見つかっておらず、無性生殖で数を増やす事が分かっています。よって異性へのアピールというのは考えにくいと言うのが最近の研究者達の考えで……」
「分かった! 特徴は分かったからもういい」
これ以上異世界のナスのうんちくを語られても今後の人生に活かされることなんて無いぞ。
僕は自分の戦いの参考になりそうな質問は無いだろうかと考え、SSSに問いかける。
「そうだ! 弱点! 弱点は無いのか?」
「……それは私が実践して教えてあげる」
ライアは棒切れを手に取り不敵に笑った。
ひと際大きな樹木の木の根元に大穴が空いていた。
――唸り声。猛獣の気配。曇天が明ける。
月光に照らされ、深紫の異形が露わになった。
それらは番い(つが)で行動し巣の出入り口を見張っているのだと目視できた。
それらの目の前に棒切れが飛んできた。乾いた音が夜半に響く。
冒涜的な獣たちは自身の触手で不明な音の行方を探る。
≪【強化】≫
「そりゃっ!」
一刀両断。彼らの一匹は不幸にも鋭く研磨された刀身の一撃により命を絶たれた。
番いのもう一匹がその強襲を感知した頃にはもう手遅れであった。
引力、自身を丸ごと飲み込まんとする凄まじい力。獣はどうにか踏み留まろうと四足を踏ん張り、地面を掻く。
結果、爪はあっけなく破砕し砂埃を上げながら彼は怪物の口へと吸い込まれていく。
断末魔と共に狂獣は暗黒に飲み込まれ、この世界の理から外れた。
「本当だ、全然気づかれない」
僕は岩陰から顔を出し、他に敵がいないのを確認すると広い方へ移動した。
巣の前ではライアが血で汚れた刀身を振り払っている。
「そう、ナスは【視力】がほとんど無くて、普段は穴倉に潜って自身の触手で辺りの様子を察知して動いているの。つまり【音】に敏感に反応するのよ。その索敵範囲や精度も大したことは無い。だから気配を殺せば気づかれないってわけ。それに攻撃力や防御力はせいぜい中型犬くらいよ。非能力者でも武装すれば殺せる程度ね。初心者向けって最初に言ったのはそういう事」
確かに甲殻で刃物が通りにくいエビと比べれば対処は楽な方かもしれない。
ライアは目の前の大穴をのぞき込み、中の様子を伺っている。
「これが巣みたいね。ここにはまだたくさんのナスが潜んでいると推測されるわ。暗くて、狭くて、中は入り組んでいる。そもそも入り口がウサギ穴くらいのサイズだから侵入すらできない。……さあ、こんな時はどうしたらいいと思う?」
……水を流してみるとか?
それとも火攻めでおびき出すとか。
方法はいくらでも思いつくが。
「ここは住宅地も近くにある公園よ。万一、地盤が緩んで崩壊したり、火事になったりでもしたらどうすんのよ。善良な人を巻き込みたくないんでしょ?」
うっ、確かに。
どうやらライアは僕の考えを尊重して作戦を立ててくれているみたいだ。
「私だってこの世界の人の命を無暗に奪ったりはしたくないわ。何といっても私は神様ですしね。神が支配する民を守るのは当然でしょ?」
「ライア……」
「あ、盾突く奴は別よ」
……とは言ってもどうしたらいいものか。
火もダメ、水もダメ。爆発物や毒物なんてもってのほかだ。僕の能力も出力が安定しない。
下手したら巣ごと住宅街を消しかねない。
彼女はもっと良い方法があると提示して問題を出してくれている。
……僕はその期待に答えなければ。
「あはは、ごめん。まさかそんなに考え込むなんて思わなかった。仕方ないなー、今回は私がやるからカオス君は見ているだけでいいよ。ナスの巣の安全な壊し方、私が教えてあげる」
ライアはそう言うとSSSを使い、
≪【道具箱】≫
≪高宮ライアはインベントリからアイテム【窒素タンク】を取り出しました≫
アイテムを呼び出したライアはタンクのホースを巣穴に差し込み、窒素を流し込み始めた。
なるほど。
窒素で酸素濃度を下げて窒息死させるという作戦か。
……ファンタジーの騎士みたいな恰好をしてきたのにそんなえげつない殺し方をするだなんて確かに僕は想像も出来なかったよ。