10.神様のいる非日常
「さあお腹もいっぱいになったし【クエスト】に行きましょう。分からないことがあったら私が教えてあげるから」
ライアはドリンクを飲み干し、自信満々に答えた。
彼女はスマホを開き、目元を輝かせながら倒すべきモンスターの情報をSSSで探している。
正直今のライアの発言や行動は異常だと僕は思った。お屋敷で貴族のような生活をしていたり、自分の事を神だと自称したり。
正直言って、彼女は地位を手に入れ完全に舞い上がっている。
少なくとも僕はそう感じた。
「ライア、聞いてくれないか」
「何?」
「僕と現実世界に帰ろう」
僕ははっきりと彼女に自分の意思を伝える。
「……どうしてそういう事言うの?……嫌」
拒否。
まあ、そう言うとは思っていた。
クエストを行いポイントを得れば【願い】を何でも叶えられる世界。今の彼女は完全に
この世界に心酔している。
「僕は君を連れて帰るためにここまで来たんだ。SSSで願いを叶えて元の世界へ帰ろう」
「せっかく手取り足取りこの世界での生き方を教えようとしたのに。それに願いを一つ叶えるなら莫大なポイントがいるわ。それこそクエストでモンスターを何百、何千と狩らなければいけないほどの価値よ。そんな事の為に貴重な時間をかけるつもりなの?それならこの世界で遊んで暮らした方がいいわ」
「僕は君の為なら、何百でも何千でも狩る。そのために来た。……僕は君の未来の為にも意思は変えないよ」
ライアは頭を抱え、そっぽを向いてしまった。
「……そもそも高額なポイントが稼げるモンスターなんて限られているわ。例えばドラゴンなんかを狩れば、数年は遊んで暮らせる金額が手に入るでしょうね。けど希少な種族はそもそも数年に一回現れるかどうかも分からないしベテランのネームドでも数人がかりでようやく倒せるレベルの強さよ。願いを一つ叶えるなんて曖昧な項目、SSSの客寄せで作った甘言でしかないわ。今現在ネームドは私利私欲を満たすため、日々クエストを取り合いポイントを奪い合って生きているのよ」
「奪い合うって……」
「そうよ。多額のポイントが欲しければ他のネームドから奪う。それが一番手っ取り早い方法じゃない。ネームド同士の戦いはこの世界では罪にならないし、合理的な方法よ。それともカオス君は人を蹴落としてまで夢を掴みたいとは思わないのかな?」
僕は人を傷つけてまで自分の欲望を叶えたくない。自分でも甘い性格だと思うがそれが僕の考えだ。
「ライアはそうやって人を傷つけてまで戦った結果、この世界の神になったって事か?」
「そうよ。それに人との競争があるのは現実世界だって一緒じゃない。異世界が現実と違うところは比べて少しだけシンプルなルールで構成されているという事。だから私はこの世界が好きだし、私が得たこの世界全ての秩序を守らないといけない。……私はそう思っている」
彼女のあまりにも達観した表情。
僕は今までこんな顔をした彼女を見たことがなかった。
「それでも、僕は……」
「カオス君は私と違って優しいんだね」
彼女は僕の顔を撫でて、説明し始めた。
「気持ちは分かるよ。私も初めは色々奮闘したわ。ポイントを貯めていずれ元の世界に帰るんだって。でも、気づいたの。戦いの中でそれを快楽に感じている自分がいることに」
私が竜を屠れば、民衆は喜んだ。
私が悪逆非道な王を殺せば、民衆は喜んだ。
私を脅威に思って反逆してきた民衆を殺せば
私は喜んだ。
その時から私の喜びは皆の喜びになった。
「私が私の望むままに生きてきた結果、私はこの世界に無くてはならない存在になってしまったのよ」
……僕に出会うまでのたった3年。
彼女はどれだけ過酷な戦いを重ねてきたのだろう。
それは僕にはとても想像がつかない。
「気が付いたら私は人々から【魔王】という名を与えられ畏れられる存在となった。その時からかな、豪華なお屋敷に住んでも、豪華な衣服を纏っても、毎日豪華な食事を食べても満たされなくなった。私を倒そうとする相手もいなくなった。モンスターとの戦闘も毎日同じことの繰り返しでつまらない。人としての享楽を私は忘れてしまっていた。その時既に私には願いを叶えるだけのポイントが貯まっていたの」
嫌な予感がした。
「このままだといけない。そう私は考えた。だから、私は願いの力を使ってこの世界から異世界という概念を消したの。だって皆、私から逃げていくんだもの。遊び相手がいなくなると寂しいじゃない。別の世界があるという概念が無くなればネームドとなった人間は現実世界に帰るという発想に至らない。いつまでも私と私の世界で遊んでくれる。そうすればまた私と戦ってくれる存在が生まれてきてくれるかもしれない。私は私と同じ存在をこの世界に閉じ込めたかったの」
「ライア……」
僕は言葉に出来なかった。
この世界で僕が恐れていた強大な存在は、ライアだったからだ。
ただ彼女を異世界から救い出す、その一心でここまでやってきたのに。
それを阻む最大の障害は彼女だった。
「だからカオス君。君には期待してるんだよ?ブラックホール、凄いよね。そんな強いスキルを見たのは初めてかも。貴方は私の退屈から救ってくれる英雄になってくれる……そう思ったから私は貴方を……ゴホッゴホッ」
「……ライア!?」
「ゲホッゲホッ」
スキルは発動していない。
今度は嘘じゃないよな!?
「大丈夫かライア!」
咳き込む彼女は青ざめながらSSSにアクセスする。
≪【痛み止め(ペインキラー)】≫
スマホから輝く光を浴び、少しして彼女の発作は治まった。
「……この世界に来ても私の病気は治らなかった。SSSでも人命に関する願いは叶えられないんですって。今はスキルの【痛み止め】を使って、何とか意識を保っている状態ってとこかしら。……私は現実世界に戻ってもずっと病床に伏せるだけじゃない。そんなつまらない人生を現実で送るくらいなら、私はこの異世界で楽しく少ない余生を生きたい」
ライアはまっすぐ僕を見つめ、答えた。
「私の居場所を奪わないで」
彼女を現実世界に帰すという目標は間違った事だったのだろうか?
「あ、そうだ。願いを叶えられるのはネームド一人につき一回だけって事知ってるわよね?私はもう願いを叶える権利が無いから私のポイントを頼りにして元の世界に戻ろうなんて思わないでよ?……どうしても私を現実世界に帰したいのだったら自分で稼ぐことね。……それとも今すぐ私からポイントを奪う?」
僕はライアを傷つけたくない。
……それを知っていてわざと言っているな。
「……いや……悪かった。ライアの事情も知らずに勝手なこと言って」
でも今は彼女に従う事しか出来ない。
それを聞いた彼女は真剣な表情を解き、能天気にほほ笑んだ。
「まあ、どんな事情があれ生活するにもポイントはかかるからクエストはやったほうがいいわよ。あはは、そんなに難しい顔しなくてもいいって。モンスターを倒して、お金を稼ぐ。簡単なことでしょう?
モンスターの戦い方は私が教えてあげる」
ライアは壁にかかった剣を執り、腰に差して言う。
「……話が長くなってしまったわね。じゃあ、クエストに行きましょうか、春野カオス君」
「分かった」
僕は彼女の意見を尊重し、クエストを受けてみる事にする。
まだ答えはまとまっていないが、今すぐ決着をつけることもない。
この問題はゆっくりと時間をかけて考えることにした。
「どんなクエストがあるんだ?」
「えーとね、初心者なら……。これがいいんじゃない?【ナス】。市の管理者からの依頼ね。公園に巣を作っているからその討伐を頼む、との事よ。」
エビの次はナスか。
冷蔵庫の余りものか何かか?
まあ、例に漏れずナスも恐らく凶暴なモンスターなんだろうなあ。
「じゃあそれで」
「りょーかい、じゃあ受けるね」
≪春野カオス、高宮ライアは【ナスの巣破壊】のクエストを受けました≫
僕は依頼が表示されている画像を見つつ、 気合を入れるために自身の頬を叩いた。