1.異世界より
トミタミトと申します。
以前はトークメーカー(現ノベルデイズ)で
稚拙な小説を書かせていただいておりました。
なろうでも面白いストーリーを描けるよう日々努力する所存です。
気楽に評価や感想書いていただくと日々の励みになります。
どうぞよろしくおねがいします。
夜露が顔に当たり、目が覚めた。
コンクリート床の冷気が身を震わせ、鉄錆びの匂いが鼻をくすぐっている。
未だ軋む身体を何とか起こし、僕は周囲を見回してみた。
「……ここは一体どこなんだ?」
混濁した意識をはっきりさせるため、自身の顔を平手で叩く。
……まだ景色はぼんやりとしている。
僕は自身の目が悪いことを思い出し、地面に落ちていた眼鏡を拾い掛け直した。
……目の前に大型のエアコン室外機が見える。
どうやらここはどこかのビルの屋上みたいだ。
「知らない場所で目を覚ます……。 まさかこれが噂の【異世界転生】って奴? ははは、まさか」
我ながらすぐに非現実的な事を考えるのは悪い癖だと思う。
それに【転生】ではないと言い切れるのは、死亡した記憶など到底無いからだ。
仮にここが異世界だとするならば、この現象は【転生】じゃなくて【転移】だろう。
僕の体は僕の見知った肉体であり、生まれ変わったりなどしておらず、決してクモだったりスライムだったりなどしない。
……ちょっと探索してみるか。
普段から現実離れした創造物が好きで、そういった類の作品に触れる機会が多いせいであろうか。
通常、人並ならばどこか分からない場所にいれば戸惑い、恐れを抱くであろう。
だが、僕は違うようだ。
僕はどんな状況でも【冷静沈着】に行動するように心がけている。それが僕のポリシーであり理想像である。
さて、この状況を冷静に対処するにはどうしたらいいだろうか。
何か役立つものは無いかと手持ちを漁っていると、ズボンの裏ポケットに感圧式携帯情報端末、いわゆる【スマホ】が入っていることに気が付いた。
僕はおもむろにポケットからスマホを取り出す。
時刻は夜の8時半を指していた。電波は通っている。
つまりここは公共の電波が届く場所。
少なくとも【地球】のどこかということになる。
僕は頭の中を整理し、状況を思い出してみることにした。
……確か病室から出て……缶コーヒーを買って……。
屋上に出て……そこからの記憶が無い……?
……その時に何かあったのか?
僕の記憶が正しければここは病院の屋上だ。
どうしてこんな夜中まで気絶していたんだろう?
びゅうと夜風が吹きすさび僕の身体を冷やしていく。
雪解けも終わりを迎えた春先と言えど夜間は温度が低くなる。
僕はフリース生地の衣服を擦りながら寒気から逃れる為、建物の影に隠れた。
……とりあえずここから移動しよう。
僕は服装に付着した埃を掃い、屋上の出入り口へと向かった。
錆びたドアノブを回し屋内を確認してみる。
暗くて数メートル先も見えず、人の気配は全くしない。
言わずもがな病院の廊下というのは何とも不気味だ。
僕は勇気を振り絞りスマホのライト機能を頼りに恐る恐る暗がりを進む。
……おかしい、病院の消灯時間にしちゃ早すぎる。
もしかして何か事故があったとか? 来安は大丈夫だろうか?
……心配だ。
僕が【冷静沈着】にこだわる理由。
それは僕の幼馴染である高山来安の存在が大きい。
『高山ライアさんは持病が悪化して入院しました』
学校の担任から突然告げられた事だ。
僕はその事を聞き、誰よりも先に見舞いに駆けつけたというわけである。
彼女は僕の幼馴染で、恐らく僕が一番好意を持っている人物でもある。
照れくさいので決して彼女の前では言わないが僕はライアのためにしっかりした人間にならなければと常日頃思っているわけだ。
『×××』
ライアの台詞を思い出している際、僕は自身の記憶に違和感を抱いた。
……僕の名前が一切思い出せない。
僕はライアの幼馴染で、彼女の見舞いをする為に病院へとやってきた。それは間違いないはずである。
……その記憶は整然としているのだが、それ以前の【自分が何者なのか】だけが頭からぽっかりと抜け落ちてしまっていた。
……嘘だろ? そんな事ありえるのか?
一般的な知識は覚えているので、いわゆる【部分健忘】という奴だろう。
……確か、何らかの心因的要因や頭部外傷等により起こり得る症状だと聞いたことがある。
しかし流石に心配とはいえライアの入院で記憶喪失するほどのショックは受けないし、僕は屋上に行くまで誰とも出会った覚えは無いはずだ。
僕はビルの屋上で気絶していた。とどのつまり、そこで何かあったと考えるのが自然だが……何も思い出せない。
考えれば考えるほど、記憶に蓋がされていくような気味の悪い感覚。
……きりがないので一旦他の事を考えることにしてみよう。
僕は病院の事など良く知らないが通常この時間帯に消灯するにはあまりにも早すぎる気がする。
よって何かしらの事故により大規模な停電が起こったのが原因だと僕は考えた。
僕の記憶が飛んでいるのはきっとその時ころんで頭でもぶつけたのだろう。
ドジだなあ、記憶失う前の僕。
……突然の停電でライアは部屋で怖がっているかもしれない。僕の役割は彼女の支えになる事だ。
自分の事なんて二の次で良い、どうせ一時的な記憶障害だ。
早く彼女の元へ向かわなければ。
……しばらくして僕は一般病棟へ辿り着いた。
ライアの病室は確か、この辺りだったかな?
僕は靴音を響かせ階段を下り、とある病室の前へ足を止めた。いかんせん暗くて判断が付き辛いが、確かにここがライアの病室だった気がする。
僕は一旦深呼吸しゆっくりと引き戸のドアノブに手を掛け、力を入れる。
ギイィと接触部分が擦れる音と共に、病室は開かれた。
……ん? 何だこの部屋?
結論から言うとそこには誰もいなかった。
本来病室を仕切るカーテンや患者が使用するベッドや薬棚すら一切見当たらず、部屋の内装も重々しさを感じさせる白タイルの床とコンクリートの壁で統一されていた。
そんな無機質な部屋の真ん中に大きな機械がぽつんと置かれている。
これは自動販売機……?
ジュース等が売っている一般的なタイプではなくレトロな旅館などに設置されている今時珍しい回転式の自動販売機だ。
……何でこんなものがこんな所に?
僕は自動販売機に近づき、それを確認してみる。
プラスチック製のケースには見たこと無いメーカーの菓子パンや今時珍しいブリキ製の玩具が電球で照らされ、展示されていた。
唐突に僕のお腹がきゅうと鳴る。
そういえば朝から何も食べてないな……多少古そうでも機械で管理されているなら食えないことはないか……?
っていやいやいや、おかしいおかしい。
何でこんな所に自動販売機が設置されているんだよ?
それ以前に停電中なのにも関わらずどうやって動いているんだ?
予備電源? こんな古いタイプの機械に? そもそも動くのかこのオンボロ?
多くの疑問を感じながら僕は自動販売機の周りを物色していると、
≪とても美味しい国産合挽肉100パーセント! いつでも熱々! いつでも新鮮! バフォメ堂のハンバーガーはいかがですか?≫
突然、声が浴びせられた。思わず身体がビクッと反応する。
≪当販売機は加熱機能を搭載しております。いつでも熱々! いつでも新鮮! 空・前・絶後の! 超越! バフォメ堂ー! ……とても美味しい国産……≫
……自動販売機のセンサーが目の前の人間に反応して機械音声が喋っているだけだった。
全く、寿命3年は縮んだかも。
≪~♪≫
目の前の機械は能天気な音楽と共に同じ台詞をリピートし続けている。
……色々と気になる事はあるがここにライアはいない。
きっとここは使われなくなった機具の倉庫か何かなんだろう、よってここに用は無いな。
僕は早くなった心臓の鼓動を抑えつつ、不気味な機械から逃れるように部屋から立ち去ろうと踵を返した。
≪もしかして人をお探しですか? 何か私に手伝えることはありますか?≫
しかし機械音声がまるで僕の脳内を見透かし、意思を持っているかのように喋り始めたので、思わず歩みを止めて振り向いてしまった。