侍女ニーナの備忘録~ツンデレ令嬢と朴念仁騎士のすれ違い恋事情~
一目惚れをこじらせてる男女がタダゆるっゆるっで恋愛を進めているだけの話です。
「ニーナぁあ!私、まったやってしまったわ……」
その日、私はいつものように主であるエヴァ様のお帰りをお待ちしておりました。
エヴァ様は婚約者のアレク様とデートに行かれていたのです。
その帰り、本来なら久しぶりの婚約者との触れ合いに頬を薔薇色にしてはにかみながら帰ってくるところでしょうに、エヴァ様は涙を浮かべながら帰ってこられました。
またですか。
「今度はどうなさったのですか?」
私の問いにエヴァ様は可愛らしいお顔をクシャクシャにして涙を零しながら経緯を話してくださいました。
「私は久しぶりのデートで張り切っていたのよ?オシャレも頑張ったのに。それなのにアレク様ったら、何も仰ってくれなかったの。前から見たかった劇団のチケットを取り寄せて下さったのはいいけれど、劇も途中から見ておられなかったみたいだし『楽しかったです』って感想を言ってもダンマリ。挙句食事はさっさと終わらせてしまうし、私もうとっても頭にきて、つい言ってしまったのよ!」
「何を言われたのですか?」
だいたいこの時点で予想は出来ましたが、私が敢えて続きを促すと、エヴァ様は体を震わせながら何かに耐えるような表情で仰いました。
「アレク様、ちっとも私を見てくださいませんのね。婚約者にあるまじき態度てはなくて?デートはもう結構、不愉快です。アレク様なんて大っ嫌い……って」
エヴァ様はポロポロと涙を零されます。
やっぱり……と私は内心で溜息をつきました。
「私は今日、それでもとても楽しかったの。アレク様と一緒にいるだけで幸せなのになんとひどいことを言ってしまったのかしら……。きっと今アレク様は怒っていらっしゃるわ……婚約破棄されたらどうしましょう……私もう生きていけないわ、ニーナ……」
さめざめと泣き始めたエヴァ様に、私は頭を抱えました。
デートの時点で薄々こうなることは勘づいておりましたが、久しぶりだからと二人きりにしたのが悪かったのでしょうか。
エヴァ様はアレク様のことが大好きで大好きで堪らないのに、いざアレク様を前にするとツンツンして心にもないことを言ってしまうツンデレ令嬢なのです。しかも決してアレク様の前ではデレないのでございます。
私は即次の行動を決めると泣いているエヴァ様の両肩を包み込みます。
「大丈夫ですわ、エヴァ様。アレク様の態度はいつもの事でございましょう?それに、エヴァ様が何度嫌いと仰られても、毎回デートに誘ってくださるではないですか。ひどいことを言ったと反省しておられるなら謝ればいいのですわ。そうだ、今からお手紙を書きましょう?私がそのお手紙を従者のオディマの元まで持って行きますわ。直接言えないならば手紙にしてしまえばよいのです。それならエヴァ様もご自分の本当の気持ちを述べやすいのでは?」
私の提案に泣いておられたエヴァ様はピタリと泣き止み、ぱあっと表情を明るくされました。愛らしいそのお顔に美しい笑みを浮かべておられます。これでこそエヴァ様です。
その愛くるしいウェーブがかったふわふわな桜色の髪も、陽の光を受けると黄金に輝く丸い大きな眼も、薔薇色の頬も、ぽってりとした可愛らしい唇も、笑顔の時が一番美しいのです。
私は思わずぼおっとエヴァ様を見つめてしまいました。本当に美しいお方。
「わかったわニーナ!早速書いてみるわね。ニーナが私の侍女でいてくれてよかったわ。ありがとう!」
少し泣いたせいで腫れた目ではにかみながら告げるエヴァ様は本当に愛しくて私も思わず笑みがこぼれます。
「私もエヴァ様の侍女で嬉しゅうございます。さ、早速書きましょう。私が急いで届けますから!」
「ええ」
すっかり元気を取り戻したエヴァ様を急かすしたあと、私は紙とペンをお持ちするため一礼して退出しました。
(さて、明日も対策会議かしら)
***
エヴァ様の婚約者であられるアレク・ダグラス様は今年で23歳になられる若き侯爵様でいらっしゃいます。
エヴァ様が17歳なので6歳年上の大人味溢れるクールで紳士な方です。背にサラサラ流れる青い髪に、透き通った切れ長の水色の瞳をされたそれはもう甘いマスクの美丈夫なのです。
そしてこの若さでこの国の騎士団の副団長をつとめる実力のある方であられます。その身分と美貌も相まって婚約者がいる今でも社交界のご令嬢方の憧れの的なのです。
エヴァ様とアレク様のご両親は非常に仲がよろしく、生まれた時から2人の婚約は決まっていたそうです。お二人が最初に出会ったのはアレク様が10歳、エヴァ様が4歳の時でした。
私はその当時、エヴァ様の話し相手として側に控えておりました。
お二人はご両親に紹介されたあと初めて顔を合わされたのです。
お二人はお互いを見つめて固まっておられました。あれは一目惚れだろうと私は確信しております。
しかし、お二人の初めての会話はそりゃあもう酷いものでした。
アレク様がエヴァ様を見つめてこう仰ったのです。
「ちっこいな。コロコロしていて芋みたいだ」
「なっ」
告げられた言葉にまだ当時4歳であられたエヴァ様はそりゃあもうショックを受けておいででした。
確かに小さくお可愛らしい方でしたけど、芋という例えはどうかと思います、アレク様。
しかしエヴァ様は次の瞬間には立ち直り、アレク様をきっと睨みながら言い返されたのです。
「あなただってただデカイだけじゃない。なんの表情も見せないお顔なんて気持ち悪いわ。ただ立ってるだけなんて邪魔じゃないの。まるで木偶の坊だわ」
エヴァ様、4歳ながら見事な切り返しです。
これにはアレク様も目を見開いて固まっておいででした。
そのあともずっとこんな調子なのでこの婚約は良くないのではと心配もしましたが、帰宅したあとエヴァ様は目を輝かせて仰いました。
「アレク様、素敵な方でしたわ!口を開くと無愛想だけどそこも素敵です!あまり話さない方なんですのね。クールで美しいなんてもっと素敵。私があの方と結婚できるなんて幸運だわ。……でも緊張したあまりひどいことを言ってしまったわ……きっと無礼な女だと思われているのでしょうね……どうしましょう……」
頬を紅潮させて語るエヴァ様。やっぱり一目惚れしていたんですのね、私の目に狂いはありませんでした。
けれどその目はみるみるうちに涙が溜まり、私を見上げます。
私はいたたまれなくなって提案をしました。
「アレク様についている従者のオディマは私のいとこですから、彼伝いでそれとなくエヴァ様の印象を聞き出したみますわ。これならどうでしょう」
エヴァ様は顔をグシャグシャにして泣きながら、私に是非お願いと告げるのでした。
私はすぐにオディマの元に向かいました。
オディマとは小さい頃からの付き合いなので気安く接することができます。
侯爵家についてオディマに要件があると門番さんに掛け合うと、私と面識のある馴染みの顔の方がすぐに通してくださいました。ありがたいことです。
オディマにはすぐに会えましたので要件を伝えました。するとオディマは笑顔になりました。何故でしょうか。
「あー、よかったー。うちの主もエヴァ嬢に嫌われたかもしれないってオロオロしててさー。エヴァ嬢見た瞬間これでもかってくらい凝視してたからこりゃ一目惚れしたなーって思ってたけどここまでとはね。もうずっとあれからエヴァ嬢のことばっかり気にして何も手についてないんだよ。ありゃ重症だね」
まぁ、アレク様もやはりそうでしたか。やはり私の目に狂いはありませんでした。
でもそれならなぜあんなにもぶっきらぼうな態度を取られたのでしょう。私は気になってオディマに訪ねました。
彼は苦笑いしながら答えてくれました。
「うちの主はクールであまり感情を表に出さないのは確かだけどあれでも普通な時は普通に接することができるんだ。それがエヴァ嬢に一目惚れしたせいか照れすぎてまともに話せないんだよ。しかも元々細かいことを気にしない性格のせいで女性の心の機微とかに疎い。だから余計にあんな接し方になるんだろ。我が主ながら情けなさすぎてやるせないな」
「なるほど。お互い似た者同士というわけね。あのお二人は」
「エヴァ嬢のあれも照れ隠しなんだろ?似た者同士すぎて逆にお似合いだな」
「ぜひ結ばれてもらわなければ」
鼻息を荒くする私にオディマはただ笑います。
「同感だ」
その時私はふとあることを思いつきました。オディマに思わず詰め寄ります。
「では協力いたしません?」
「ん?協力?」
オディマが首をひねります。私は両手をぐっと握りしめながら力説します。
「この2人がこんな調子ではいずれ婚約破棄になりかねません。そうならないように2人で情報交換しつつお二人を見守るのです。それはもう私はエヴァ様が妹のように可愛いですからお二人の恋が無事に実ってほしいのですわ。幸せになって頂きたいですもの」
オディマは私をしばらく見つめ後、腕を組みにやっと人の悪い笑みを浮かべました。
「面白そうだな。ノッた」
この言葉に私も満足してオディマににっこり微笑み返しました。
こうして私とオディマによる「対策会議」ははじまったのです。
--あれから10年以上経った今でも欠かさずに行われているのですけれど。
翌日私はそんなことを回想しながらエヴァ様からお預かりしたお手紙を持っていつものようにダグラス邸の執事に言付けてオディマを呼んでもらいました。
アレク様が屋敷に戻っているのは確認済なのですぐにオディマが出てきます。そしていつものように応接室のひとつに通されました。
オディマは私を見ると要件はわかっている、というふうに頷きながら話を切り出しました。
「要件は分かってるよ。昨日のデートのことだろう?いつも以上に凹んでたぞ。あんなに落ち込むなら普通に口説けって話なんだよな。相変わらず女性の気持ちを察してやれないなんて、我が主は本当に情けないな」
私はオディマの言葉に全くその通りだと思いましたが口にはしませんでした。
そんな事が出来ているのならば私は今ここにおりませんもの。
「アレク様はなんと?」
「いつも以上にめかしこんできたエヴァ嬢が可愛くて仕方なかった。エヴァ嬢が見たいと言っていた劇団のチケットを何とか取り寄せ一緒に見たのはいいが、エヴァ嬢が可愛すぎて劇に集中出来なかった。ご飯を食べる姿すら愛らしくて、可愛いしか言うことがない。だとさ。だからそれをエヴァ嬢に言えばいいだろって思わないか?それを口に出して言えばエヴァ嬢も喜ぶって何度も言ってんだけどなぁ……なんであんなになったかなぁ……」
「どうしてこんなに想い合ってるのに通じないのかしら。言葉って大事ね……」
「それは俺もこの二人を見てるとつくづく思うよ。本当に」
私が感慨深く呟くと、なぜかオディマが私を見て頷いています。
何故でしょうか。私は意味がわからずに首を傾げると、オディマは気にするなというように手を振ると話を戻しました。
なんだったのでしょう。
「まぁ、明日も主はお休みだしエヴァ嬢にお茶でもお誘いするのはどうだ?俺からは後で主に伝えておくよ。どうせ了承するだろうし」
「分かりましたわ。私もエヴァ様に伝えておきますわね。きっとお喜びになるわ」
「ところでヴィルニーナ。お前もそろそろ結婚とか考えないのか?」
私はキョトンとします。なぜいきなりそんな話になるのでしょうか。と思いつつも考えます。
結婚。そうですね。私は今20歳で普通に考えれば適齢期真っ盛りですしどちらかと言うとあと2、3年内に結婚しなければ「行き遅れ」と言われるような年齢になってしまいます。
でも別に私は今結婚したいと思うような殿方もいませんし、何よりエヴァ様に幸せになっていただく方が先決ですので自分の身の振り方を考えるより、やはりそちらを優先しますわね。
「別に、する必要を感じませんもの。私はエヴァ様が幸せになって下さるまで自分のことなんて考えられませんわ」
私の何よりの幸せはエヴァ様に笑顔で、幸せでいてくださること。
自分のことは二の次です。
「--やっぱり、何がなんでもあの二人にはくっついてもらわないとな。今のままだと俺の出る幕がない」
「何か言いましたか?オディマ」
オディマが呟いた言葉は、私には聞こえませんでした。
「いいや、なんでもない。それよりか今から伯爵家へ戻るんだろう?手紙を預かるついでに主にさっきのお茶のこと聞いてくるよ。一応エヴァ嬢の返事も聞いておきたいから俺も一緒に伯爵家へ向かうよ。少し待っていてくれ、送るから」
「ええ、ありがとう。オディマ」
私の都合でお邪魔したというのに紳士なオディマの言葉に私は感動しました。
一刻も早くエヴァ様の憂いを晴らしたかったので私はオディマの好意に甘えることにしました。
こういう所に気を使える男性は素敵だと思いますわ。
「エヴァ様、素敵ですわ!これならきっとアレク様も見惚れるに違いありません!」
翌日、お茶の誘いに喜んで応じたエヴァ様のために私はエヴァ様の身支度を整えておりました。
エヴァ様はふわふわの桜色の髪を結い上げ、薄いピンクのふんわりしたドレスを着こなして、それはもう春の妖精がごとく愛らしさを醸し出しています。なんとお可愛らしいのかしら。
思わず女の私もエヴァ様に見惚れてしまいました。
「そうかしら?ありがとう、ニーナ」
「どういたしまして。では馬車もご用意できておりますので参りましょう」
「ええ」
私は念の為エヴァ様に同行することにいたしました。今回はオディマも控えています。
無事に仲直りして下さるとよいのですけれど。
ルイズ伯爵家とダグラス侯爵家は共に王都にあり、それほど距離も離れておりませんので馬車を使えばすぐに到着します。
ダグラス邸に着くと、色とりどりの花が咲きみだれる美しい庭園に通されました。
アレク様は庭園の一角にお茶の用意をしてお待ちしておりました。
今日はラフにシャツとスラックスという出で立ちです。
相変わらず何を着てもお似合いな方ですね。
アレク様はエヴァ様に気づくと手を振って歓迎してくださりました。
「ようこそエヴァ」
「お招き頂き、ありがとうございますわ。アレク様」
エヴァ様が腰をおってスカートの端をつまみ、挨拶をされるとアレク様はエヴァ様の手を取ってその甲にキスをされました。
挨拶を交わされるお二人はここまではいつも通りにこやかです。
問題はここからなのです。頑張ってください、と私はエヴァ様にほほ笑みかけ、下がります。
同じように側に控えているオディマの元までくるとその隣に並び、二人の会話に耳を傾けます。
「手紙、ありがとう。読んだよ。すまなかった、せっかくのデートだったのに」
まずはアレク様のターンのようですわ。自然な形で謝罪に入っています。出だしとしてはなかなかいいですわね。
「い、いいえ。私も言いすぎました。私のために時間を作ってくださったのに申し訳ありませんでした」
なかなかいい感じですわ。その調子です、エヴァ様!
私は拳を作ってぐっと握りました。
「今度、また挽回させてくれないか?私の可愛い婚約者」
まあ、可愛い婚約者ですって!頬を真っ赤にしたエヴァ様が目に浮かぶようですわ。
「え……あっ、え、--ええ。それなら応じないこともありませんわ!私の満足いくようなエスコートをなさる自信がおありのようですし、当然のそれに見合う素晴らしいプランがおありなのでしょう?昨日のデートはそりゃぁ酷いものでしたわ!」
あ、いけません。突然のアレク様の可愛い発言に照れすぎて混乱して悪い癖がではじめています。
私は慌てます。これは助けに行くべきなのでしょうか。
「いや、まだそこまで具体的なことは……だが、君の不快にさせるようなことはもうしないと誓う」
「まあ、おありでないのですか。誓うだけなら誰にも出来ましてよ。それに婚約者の好みくらい把握しておいてほしいものですわ!確かに昨日の劇は私の見たいものでしたけどアレク様は楽しんでいらっしゃらなかったようですし、アレク様にはどうでもいいことでしたわね!(今度はきちんとしたデートでエスコートしてほしいです。さりげなく私の好みを把握していてくださって、とても嬉しかったですわ。でもできるならアレク様ともっと話して楽しみたかったです)」
「それは……(エヴァが可愛すぎて、集中出来なかっただけだ)」
「いつもそうですわ!今日だって私を見て何とも思いませんの!?(せっかくアレク様のためにおめかししたのに褒めてもらえないなんて悲しいですわ)」
「いや……(エヴァは何を着ていても可憐で可愛すぎるんだ)」
ちなみに()内の気持ちは私とオディマによる内心の本音を私たちなりに解釈したものですわ。
「いつもそうですわ!アレク様は何も仰ってくれませんもの!私のこと本当は嫌いなんでしょう!?」
エヴァ様の叫びが庭園内に響き渡りました。これはエヴァ様が最も言いたかった本心でございましょう。そのまま泣き出してしまわれたようです。
私もオディマも行くべきかこのまま様子を見守るかでオロオロしていると、アレク様が大声をあげられました。
「それはない!ずっと好きだった!初めて見た時からずっと!」
「……--!本当ですか……?」
「ああ、ずっと好きだった。今も変わらない!」
(おおおおお!!)
私とオディマは思わず手を取り合いついに言った!と喜びました。
エヴァ様は泣き止んだようで、しばらくすると甘い嬌声が聞こえて来ました。
どうやらアレク様がキスをされているようです。
ひと安心した私とオディマは静かに側を離れます。しばらく二人きりにしておくべきでしょう。
と、そこで私は気づきました。オディマと手を繋いだままだったのです。
私は侍女という立場上、異性と接してこなかったわけではないのですがここまで直接的に触れたことはありませんでした。
「オディマ?もう手を離していいですか?」
私は恥ずかしくなって頬が赤くなるのを自覚しながら、オディマに切りだしました。
オディマはその言葉に立ち止まるとまず私の顔を見ます。
そうして次に握っている私の手を見ると、一層強く握り返してきました。
私はびっくりしてオディマを見つめます。
「オディマ?」
「ここの庭園、薔薇が綺麗なんだよな。主たちはしばらくあのままだろうし、その間暇だろ?せっかくだから見てまわろうぜ。案内するよ」
「え?ええ」
オディマに促されるまま、手を繋いで結局私たちは薔薇を見て回りました。
確かにオディマが言うだけあって美しく見応えがある薔薇たちだったのですが、私はオディマと手を繋いでいる状況に慣れず、ソワソワしてしまいます。
比較的オディマとの付き合いは長いのですが、手を握ることは今までありませんでしたのでドキドキしてしまいます。
(それにオディマの手。大きくてゴツゴツしていて、男っぽいわ)
アレク様の美貌に比べれば見劣りするように感じますが、そもそもオディマも少しウェーブがかった黒髪に、意志の強そうな青い眼、通った鼻筋と整った顔立ちをしているのです。
いつもはオディマも騎士団に在籍しているので騎士服を着ているのですが今日は従者としての格好でした。隙のない着こなしですらっとしていて格好いいです。
私はそこでオディマも「男」なんだな、と改めて思い余計に頬が赤くなりました。
私はオディマにバレないように目を伏せていたせいで、オディマが私を見て愛おしそうに微笑んでいたのに全く気づきませんでした。
あれ以降というものの、一度本心を明かしたことで吹っ切れたのかアレク様とエヴァ様はそれはもうラブラブでいらっしゃいます。
長年遠回りに遠回りをされていた反動でも出たのでしょうか、見ている私としては微笑ましくて何よりなんですけれども。
休日が来る度にお二人で仲良くお出かけされています。
アレク様に愛されているという実感がそうさせたのか、エヴァ様は少しずつデレの部分をアレク様に見せられるようになりました。
それはそれはとても可愛らしいデレですのでアレク様は毎日悶絶しておられます。
あれではいつ手を出されてもおかしくありませんわね。
アレク様の理性に期待するしかありません。
あとは結婚までおだやかに過ごされてくれればいいと、私はようやく安堵しておりました。
それとは別に、私には自分の問題があったのです。
オディマを「男」として意識するようになってからというものの、なぜかオディマの顔をまともに見れなくなってしまったのです。
オディマの姿を見るだけでドキドキしていたたまれなくなってしまいます。
どうしたというのでしょうか。なにか悪い病気にでもかかったのかしら……。私は自分の変化に戸惑うばかりでした。
そんな折、隣の王国から王女が訪問してくることになりました。
王国を上げての歓迎ごと。もちろん、警備に護衛にと騎士団は大忙しです。
「しばらく、休日が取れそうにない。すまない、これが終わったらいつでも後埋めはするから」
「仕方の無いことですわ、お仕事ですもの。無理をなされないようお祈りしておりますわ」
「ありがとう、愛しているよエヴァ」
王女訪問前の最後の休日。
アレク様の言葉にエヴァ様は頬を赤くされながらも笑って帰られるアレク様を見送られておりました。
そしてアレク様が伯爵家を訪れなくなって1ヶ月後、事件は起きました。
私はもうすぐ控えたエヴァ様の誕生日のために所用を済ませに街へでておりました。
用事を済ませてかえってくると、孤児院へ慰問に向かっていたはずのエヴァ様が帰宅されていてベッドに身を投げ出して、さめざめと泣いておられました。
私は慌ててエヴァ様に近寄ります。
「どうなさったのですかエヴァ様!」
「ニーナ……」
エヴァ様はその大きな瞳からポロポロ涙を零しつつ私に告げられました。
「孤児院に向かっいる最中に馬車からアレク様をお見かけして声をかけようと思ったの……。でもアレク様、知らない女の人と楽しげに歩いていたの。私は1ヶ月も会えなくて我慢していたのに。アレク様はもう私を愛していないんだわ……!もう終わりよ……。婚約も破棄だわ!」
私は驚きました。まさかあれだけエヴァ様を愛していらっしゃったアレク様がほかの方に現を抜かすなど有り得ません。
でも実際にエヴァ様は目撃されておられます。
どういうことでしょうか。すぐに確認しなければ。
「エヴァ様。私が確かめてまいりますので気を落とさないでください。真相を確かめてまいります」
「ニーナ……」
私はエヴァ様を励まし、すぐにオディマに会うべく騎士団の詰所に行くことにしました。
騎士団は慌ただしく人が動き回っていました。忙しいようです。
騎士団に何度か出入りしていた私は顔馴染みの方を見つけると言伝を頼んでオディマを呼んでもらいました。
幸い詰所にいたようで、そう間をおかずしてオディマはやって来ました。
オディマの顔を見ると私の心臓の音が少し早くなりましたが、気にしないことにしました。
「どうしたんだ?」
「エヴァ様が、アレク様が女性と楽しそうに歩いている所をみた、と。そう仰ったので真相を確かめに」
私の言葉にオディマは目を見開き、ゴホゴホと咳き込みました。
「げほっ……あー、それは多分……。うん、大丈夫だ。あいにく今俺から言えることはそれしかない。ただ、信じてくれ。うちの主はエヴァ嬢だけを愛してる」
「それをエヴァ様を伝えろと?信じろ、と?実際に場をみていらっしゃるのですよ?納得のいく説明がなければ無理です」
「あー、それは最もなんだが。仕事の関係で俺はこれ以上言えないんだ」
私はオディマの言葉に憤然としました。オディマをにらみつけます。
しかし、オディマも困ったように私を見ます。
本当に言えないようです。
「本当に、仕事上のことなんですね?信じていいのですね?」
「ああ、それは本当だ」
「分かりました。エヴァ様には気にしないようにそれとなく伝えます。お仕事を邪魔して失礼しました」
これ以上聞き出すのは無理そうです。
私はため息をつくと、その場から立ち去りました。
「オディマが言うには、仕事でやっていただけのようです。オディマがアレク様は今でもエヴァ様を愛していると断言しておりました。エヴァ様、会えなくて不安はあると思うでしょうがアレク様が会いに来てくださるまで信じましょう」
「ええ……わかったわ。私もアレク様を信じることにするわ」
エヴァ様は顔を蒼白にしつつも気丈に頷かれました。
私も納得できない気持ちはありますが、オディマがそう告げて、これ以上は言えないと言った以上、騎士団の何らかの任務の最中だった可能性もあります。
それならば信じるしかないのです。
私は頷いてはいたけれど不安そうな表情をしているエヴァ様のことが心配でなりませんでした。
そうして不安を残しながらも私とエヴァ様は日々を過ごしておりました。
エヴァ様の誕生日が近づいており、その支度で伯爵家は慌ただしくなっております。
使用人たちは走り回り、パーティの準備に奔走しているのです。
それは侍女である私も例外ではありませんでした。
パーティに着るドレスの直しの手配や、服飾品選び、その他にもすることは沢山あり目まぐるしく時間が過ぎます。
私は今日も街へでておりました。すると視界の端に見慣れたウェーブがかった黒髪の男性が見えました。
オディマです。こんなところにいるなんて珍しい。立ちどまって声をかけようとした、その時でした。
オディマが知らない女性を連れていたのです。
女性は町娘風の格好をしておりました。陽に輝く金髪に透き通った青い目の美少女です。
町娘風の恰好はしておりますが、まとう雰囲気は高貴なもの。
貴族の方でしょう。
オディマと楽しそうに談笑しておりました。2人で笑いあっています。
(なにかしら?……もやっとする)
私は自分の胸を手を当てました。なんだかすごく不快な気分です。
私はすぐにその場を離れました。なんだかあの二人を見ていたくなかったのです。とくに、私の知らない女性を連れているオディマを。立ち止まらなければよかったと、後悔しました。
そしてエヴァ様の誕生日パーティ当日。
ルイズ伯爵家にはたくさんの招待客が訪れておりました。
サロンには貴族の方が集まり、優雅に談笑をされております。
私は、エヴァ様の支度をしておりました。
「エヴァ様、できましたわ」
「ありがとう、ニーナ」
桜色の髪を前髪とその横にかかる髪だけは垂らして、それ以外を編み込んで結い上げ白い薔薇で飾り止めをしました。
頭には可愛らしいティアラをしております。
プリンセスラインのドレスは胸元をが少し開いて18歳になる大人の妖艶さを垣間見せています。
コルセットで締められた細い腰には控えめな刺繍レースと真珠が縫い止められていて、二段になったスカートは優雅になびいています。とても美しいお姿です。私はほおっと感嘆の溜息をつきました。
エヴァ様も頬を上気させて微笑んでいます。
「そろそろ、主役の登場の時間ですわね」
「そうね、行きましょう」
エヴァ様と私は微笑み合うと会場の真ん中へ移動しました。
今日はアレク様も来られる予定ですが、少し遅くなると先程連絡が来ました。
どうやら仕事のようです。
少し残念でしたがエヴァ様はお父様のルイズ伯爵様にエスコートされて会場へ出られました。
エヴァ様がご登場なさると会場中がエヴァ様の美貌に魅入られたように静かになりました。
エヴァ様が挨拶の口上を述べると割れんばかりの拍車が生まれました。
私は気合を入れた甲斐があったと、満足します。
その時でした。
ふと会場の端から、アレク様が慌てたように入ってきました。
「エヴァ、遅れて済まない!」
「アレク様……来てくださって……」
嬉しそうにはにかんだエヴァ様の言葉が、そこで止まりました。
アレク様の横に女性がいらっしゃったのです。
輝く金髪に、透き通った青い瞳の女性。
(あとの時オディマと一緒にいた女性だわ……!)
どういうことでしょうか。婚約者の誕生日パーティに女の人を伴ってくるなどとは。
私が状況を飲み込めずにいると、エヴァ様の悲痛な叫びが上がりました。
「どういうことですの!私はずっとアレク様に会えなくて寂しかったのに、アレク様はそちらの方とずっと一緒にいらっしゃったのですね!私の誕生日に、見せつけるようにともなわれて!もううんざりですわ!私が嫌いなのなら、そうおっしゃればよろしいでしょう!アレク様なんて大っ嫌い!二度と顔を見せないで下さいませ!」
わああっと泣き出したエヴァ様に、会場中がシンとなりました。
見事な修羅場です。アレク様は呆然としたようにエヴァ様を見ます。
私がどうしようと慌てていると、アレク様の隣にいた女性が声を上げました。
「だからわたくしが行かない方がいいと言ったでしょう、ダグラス侯爵。あなたは女心がわからなすぎなのです!わたくしが説明しますから、あなたはそこで立っていなさい!」
「は、はい……」
女性はアレク様に告げるとエヴァ様に向き直りました。
「ごきげんようエヴァリア様。こんなめでたき日に押しかけてしまってごめんなさい。わたくしは隣の王国の王女、レティシアと申しますわ。この度はお誕生日おめでとうございます。私の護衛のためにダグラス侯爵をずっと借りたまんまで申し訳なかったですわ。しかもわたくしが城下町を見たいと我儘を言ったせいで、その護衛のために一緒に街を回っていた姿を浮気と勘違いさせてしまったこと、本当に申し訳なく思いますわ。ごめんなさいね」
女性--レティシア王女がエヴァ様に謝罪されました。
王女?ということは今訪問なさっておられる隣の国の方?
エヴァ様はびっくりして王女様を見つめております。
そこにすかさず、アレク様が告げました。
「俺が王女と一緒に城下町を回っているところを見られたとオディマが言うから変な心配をさせてしまった。すまなかった。一刻も早く誤解を解きたかったんだが仕事が終わらなくて。すまなかった、エヴァ。俺は君だけを愛している。これは確かなんだ」
そうしてアレク様は膝を折ると、エヴァ様の手を取ります。
胸ポケットから何かを取り出すと、それをエヴァ様の指にはめました。
「誕生日おめでとう、エヴァ。そして正式に俺と結婚してくれ」
エヴァ様の指にはめられたのは婚約指輪でした。
ダイヤモンドが大胆にカットされていて光を受けてキラキラ輝いています。
エヴァ様は目を見開き、ポロポロと涙を零されました。
そして、頬を染めながら頷かれたのです。
「はい……お受けします。アレク様」
その瞬間、会場からは割れんばかりの拍手が起きました。
私も泣きながら拍手をします。エヴァ様、よかったですわね。
と、横から伸びてきた手が私な涙を救いました。
横を見ると、いつの間にか私のそばに来ていたオディマが私に優しい笑みを向けています。
「やっと結ばれてくれたな」
安心したように微笑むオディマの笑顔に魅入られながら、私も同じように笑みを返しました。
「よかったわ」
騒動の後は場は祝いのムードになり、この日のために控えていた楽団が音楽を奏で始めます。
そうすると、次第に始まるのはダンス。
会場の真ん中では今回の主役であるエヴァ様がアレク様にエスコートされて幸せそうにダンスをしておりました。
エヴァ様の笑顔の美しいこと。
ちゃっかりパーティを楽しんでいるオディマを置いて私はそっと会場を抜け出しました。
伯爵家の庭園には月明かりが零れて、パーティの喧騒が少し聞こえてくるだけです。
私はその中を1人で歩いておりました。
「1人で出歩くのは危ないぞ?」
振り向くといつの間にか追いかけてきたらしいオディマが声をかけてきました。
「伯爵家内よ?」
私は苦笑します。侍女を襲うようなもの好きがいるのでしょうか。
「それでも今夜は人が集まってるからな。よからぬ事を企む輩がいるかもしれない」
「私なんかが襲われることはないと思うけれど……」
私がつぶやくと、オディマはとんでもない、と首を振りました。
「ヴィルニーナを狙う輩は結構いるんだぞ。あんまり気づいてないみたいだが、お前結構人気あるんだぞ?」
「へ?」
「『エヴァリア嬢の侍女はサラサラの銀髪に深いアメジストの瞳の大層儚げな美女だ』って評判なんだぞお前。知らなかっただろ」
知りませんでした。確かに私はストレートの銀髪に紫色の瞳ですが。儚げな美女……とはどういうことでしょうか。
「まぁ、ヴィルニーナに近づこうとするやつは俺が大抵絞めてきたから知らないのも当然だな」
「え?どうして……」
「そりゃぁ俺がヴィルニーナを好きだからな」
どくん、と心臓が大きな音を立てました。
オディマが?私を?
頬が赤くなって、ドキドキと心臓が早鐘を打ちます。
「やっぱり気づいてなかったか」
オディマがガックリしたように首を落とします。
全然、気づきませんでした。なんてことでしょう。
そしてなぜ私はこんなにドキドキしているのでしょう。
「エヴァ嬢が」
「え?」
「エヴァ嬢とうちの主が結ばれたら自分の幸せを考えるって言ってたな」
オディマの突然の言葉に驚きますが、確かにそんなことをあった気がするので肯定します。
「え、ええ……」
「んじゃ、今から俺との幸せについて考えてくれ」
オディマがニヤッと笑って私を見下ろします。
その不敵な笑顔に、私の心臓がまたどくん、と大きな音を立てました。笑顔に魅入られます。
私が困惑していると、夜風に運ばれたのか会場から微かに音楽が聞こえてきます。
オディマは突如かしこまったように礼をとり、私に右手を差し出してきました。
「お手をどうぞ、お嬢様?ダンスは得意で?」
エヴァ様に付き合って練習したことがあるので、少しならダンスは踊れます。
私はドキドキしつつ、オディマに差し出された手を受け取りました。顔は自然と笑顔になります。
「喜んで」
月明かりが庭園を静かに照らす中、音楽が聞こえなくなるまで私はオディマと踊り続けました。
読んでいただきありがとうございました。
ゆるっゆるっにしたつもりですが楽しんでい頂ければ幸いです




