名状しがたき者
異世界までの道のりが長いです
3話
夢を見る。
さほど昔でも無い嫌な夢を――
薄暗い部屋、香水をぶちまけた甘い匂い。
ココは昔幸せだったであろう家族が住んで居た場所の成れの果て。
僕は学校から帰ってほとんどの子供達が言うで有ろう言葉が言えず、ただ溜息を吐いた。
「ただいまはどうしたの…?」
暗闇の中から声がする。
母の声だ
「ただいまは?!」
そうヒステリックに叫ぶ声を聴き、声を出す。
「ただいま。」
「おかえりなさい貴方……」
母は心の病気だった。
別れてしまった父の影を僕に重ねていたのだ。
――ある日、母が僕に熱湯を掛けた。
理由は僕が母の言葉を否定したからだ、「僕は父では無い」と
その日は母の気性が何時にも増して荒れていた
熱湯をかけられ蹲っていた僕を押し倒し首を絞めてきたのだ
流石の僕も抵抗し母のマウントから逃れた
その後母は僕と変わるように蹲り言葉にならないような声を絞り出す
「貴方があの人に重なるの…アナタの顔見るとあの人の顔がちらつくの…
お前のしぐさがアイツを思い出すの!お前の存在が私を苦しめるのォ!!」
その言葉を聴いたとき僕は思ったのだ
僕の母さんはもう居なくなったのだと――
だから僕は諦めた。自分を諦めた。母を諦めた。母子の関係を諦めた。
母は時々暴れる
影が自分を責めたてるそうだ。
そうなると部屋が汚れる
割れた香水の液体が混ざり部屋中に甘い香りで満ちるのだ
そしてその荒れた部屋を片付けるのは僕の仕事だ。
いつものように僕が片付けていると、なんと母が手伝い始めたのだ
突然の事に少し驚いていると母が話しかけてきた。
「いつもごめんなさい。…本当にごめんなさい」
僕は微かな声で「いや…別に……」としか答えられなかった。
次の日、学校帰ると母は首を吊っていた。
――その時僕は――
「きゃあああぁぁぁあああ!!!!」
そんな黒板を思いっきり引っ掻いたような声で僕は意識を取り戻す
どうやら気を失って居たようだ。
何故気を失ったのかも思い出した
というか目の前にその元凶がまだ尚蠢いているのだ
忘れろというのが無茶な話だろう。
目の前の物は―生きていた
笑っていた
悲しんでいた
喜んでいた
嘆いていた
喚いていた
そんな相反する事を一度に理解させようとしていた。
常人が見ればまず正気で居られないであろう姿をしていた
常人が聴けば必ず発狂するであろう奇声を上げていた
だが何故だろう?僕にはそれがとても正しいように感じたのだ。
生きる事に絶望していた僕よりも―
笑う事を忘れてしまった僕よりも―
悲しむ事を出来なかった僕よりも―
喜ぶ事を諦めてしまった僕よりも―
嘆く事を飽いてしまった僕よりも―
喚く事を黙してしまった僕よりも―
この世の誰よりも人間らしい人外がそこには居たのだ。
さて、どうしたものか?
この状況がひどく予定外で有る事は少女を見れば解る。
少女は腰が抜けてしまったにも関わらず目の前の生物から一ミリでも遠ざかろうと
身体を引きずっている。
話を聴けそうも無いので周りを詮索して見るも少女と扉、そして
あの生物しか居ない。
こんな混沌とした状況なのに神様とやらは何をしているんだろう?
そう思い顔に手を当てため息をしようとした時もう一つの変化を思い出した
あのツルリとした感触だ。恐る恐る触ってみるとそれは仮面のようだった。
自分の顔にいつの間にか張り付いていた仮面に困惑しつつも外してみると
事態はまた急変した、あの生物が忽然と消えたのだ。瞬きをする間もなかった
仮面を外すその瞬間で、さも元々存在しなかった様に消えたのだ。
急展開の連続で困惑していると、次の変化が起きた。
仮面を持っていた手の甲に文字が浮かんだのだ。
「<名取>?これが僕のワード?」
名取?とんと聞き覚えのない単語だ。文字を分解して解釈するのなら
<名>を<取る>か……何とも皮肉めいた能力を神様は授けた物だ。
「名前のない僕にはうってつけか。」
とりあえず貰うものは貰ったのだ、腰を抜かしている彼女には悪いがさっさと
門を潜って異世界に行ってしまおう。
そう思い門に向っていると突然腰を抜かしていた筈の少女に手を引かれた
「まって!!私も連れて行って!!」
「はい……?」