十八話
響岐はこの日、微熱を出すという事になった。
何故なのかと自身でも思う。その後、薬師も来て診てくれた。それによると「疲れが溜まっているのと心労のせいで微熱が出ている。ゆっくり休んでいれば治る」との事だった。とりあえず、皇子も周囲もほっと胸を撫で下ろした。響岐は結局、これから二日は褥の上で過ごす事になる--。
「……響岐様。今日は肌寒いですから。これをどうぞ」
沙月が気を使って膝掛け用の布を手渡してくれる。響岐は受け取って膝にそれを掛けた。確かに温かい。
「ありがとう。沙月」
「いえ。響岐様はお身体が弱いようです。もっと精の付く食べ物を召し上がらないといけませんね」
「そうね。けど今はあっさりした物がいいわ。何かないかしら?」
「……そうですねえ。山菜で水粥とかどうでしょう。これだったらあっさりしていると思いますよ」
「わかった。じゃあ、それでお願いね」
沙月はわかりましたと言うと羽空に言って水粥を膳夫の者の所に伝えさせに行く。羽空は急いで行ってしまった。よほど、沙月が怖いようだ。重那もちょっと苦笑いだった。
響岐はその後羽空が持ってきた山菜の水粥を食べた。意外とあっさりしていて食べやすい。味付けは塩と醤でしたらしく細かく刻んだ猪肉も入っている。精が付くように膳夫の者達が気を使ったらしい。響岐はそれを嬉しく思った。猪肉は癖があって食べにくいが。これは長い刻限、煮炊きしていたせいか柔らかくて臭みもなかった。響岐は気がついたら器の半分以上を食べていた。ちょっと恥ずかしくなったが。でも沙月も重那も食欲があるのは良い事と言って笑わない。それだけ心配をかけていたようだ。
「良かったです。響岐様もだいぶ回復なさいましたね」
「……心配をかけたわね」
「いえいえ。響岐様のお体こそが大切ですから」
沙月はきっぱり言うと水粥をもう少し食べるかと勧めてくる。けど響岐はやんわりと首を横に振った。
「もういいわ。たくさん食べたから。ちょっと今は寝たい気分なの」
「そうですね。わかりました。ゆっくりとお休みになってください」
「ありがとう。じゃあ、横になるわね」
そうなさいませと言って沙月は片付けを始めた。響岐はそれを見守りながらふあっと欠伸をしたのだった。
その後、言った通りに一刻は寝た。目を覚ますともう部屋は暗くなっている。響岐は仕方ないので廊下に控えていた羽空と重那を呼んだ。すぐに気づいたようで二人は来た。
「……響岐様。どうかなさいましたか?」
「……ああ。来てくれたのね。ちょっと灯りが欲しいと思って」
「あ。本当ですね。今から準備をします」
そう言って重那が小走りで行ってしまう。後には羽空が残された。ちょっと気まずい。しばらく沈黙が続いた。
「……あの。響岐様」
口火を切ってきたのは羽空の方だった。響岐は答える。
「……どうかしたの?」
「以前は申し訳なかったと思っています。立場もわきまえずに。私も反省はしたんです」
「そうなの。わたくしは気にしていていないわよ」
響岐が言うと羽空はそうですかと言って再び黙った。暗いので表情までは見えないが。春先であるためかさあと風が吹いた。開け放った扉から一筋の月光が差し込んだ。羽空の色白な横顔が浮かび上がった。響岐は何となくそれを見ていた。どことなくだが羽空は大海人皇子に似ていると思う。それに気づくと響岐は口を開いた。
「……ねえ。羽空。あなた、皇子に似ていると言われた事がないかしら」
「……私がですか?」
「ええ」
頷くと羽空は少し考える素振りをする。そうして彼女は言った。
「……もしかしたら。私の母が皇子様のお母様。つまりは大王様の異母妹でして。皇子様に似ているのはそのせいかと思います」
「そう。羽空は皇子のいとこだったのね」
「確かにそうなりますね。響岐様は大王様の姪でいらっしゃいますから。私などより高貴なお方と言えますけど」
羽空はそう言って苦笑したらしい。響岐は何も言えなくなった。重那が戻ってくるまで無言でいたのだった。