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十七話

  響岐は気だるい中で起きた。


  既に大海人皇子はいない。それにほうと息をつく。何故か、昨日も皇子はいらしていた。わたくしをどうなさりたいのか。それが気になりはする。けど訊いていいものか迷う。響岐は複雑な気分を持て余したのだった。


  お昼になり羽空と重那の二人がやってくる。沙月は用事があるとかで後から来ると羽空が言っていた。二人に身支度を手伝われる。顔を洗い、髪やお化粧などを整えた。衣も着替えて明るい薄桃色の上衣と淡い萌黄色の裳、領布(ひれ)も薄黄色の物を着せられた。今はもう春になりつつあるからこの色合いにしたのだろう。


「……よくお似合いです。響岐様」


「ありがとう。けどわたくし、こういう色合いの物を着るのは初めてよ」


「そうでしたね。響岐様のお顔立ちだともうちょっとはっきりとした色合いをよくお召しになりますものね」


  重那が言うと羽空も頷いた。響岐は小首を傾げた。確かにそうだが。不思議に思いながらも寝所を出る。

  既に朝餉が用意されていて響岐は椅子に座った。木匙を手に取り食事を始める。鹿肉の炙り焼きはあっさりしていて食べやすい。蘇もなかなかに美味だ。強飯を食べつつなれ鮨も口にする。山菜の汁物も吸う。

  実家にいた時よりも豪華な料理に舌鼓を打つ。ゆっくりと食べていたら日も高くなっていたのだった。


  沙月がやっとやってきた。だがどことなく様子がおかしい。なんというか動きや喋り方がぎこちないのだ。響岐はしきりと首を傾げる。それでも時間は過ぎていく。とりあえず、長歌や歌を詠んで木簡に書き付けていった。春の梅を題材にして詠んでみる。


<春うらら梅が咲きたる苑を行き

 我が背子見つつ香をば辿りぬ>


  (春ののどかな中で梅が咲いている苑を行けば。我が恋人を見つめながらもその良い香りを辿ろうと足が動くことよ)という内容だ。裏の意味としては(春のこんな良い天気の中で庭をそぞろ歩いていたいと思うが。恋人がいるからそれもできない。けど梅の良い香りのように他の方がいらしたらどれほど良いか)となる。要は不満を秘かに歌にした。もしかしたら気づかれるかもと思ったが。沙月も重那も羽空も気づかない。ふうと息をついたのだった。


  この日の夜も大海人皇子はやってきた。響岐は椅子に座ってそれを出迎えた。大海人皇子はちょっと顔の表情が暗い。どうしたのだろうと思う。今日でこう思うのは何度目だろうか。そういえば、こちらの宮に来てからもう二月が経とうとしているようだ。


「……皇子?」


「どうかした。響岐」


「いえ。ちょっとお顔の色がすぐれぬようですから」


「……気のせいだよ。それより寝所に行こうか」


「……わかりました」


  そうして二人で寝所に入る。皇子は響岐の事をおもむろに抱きしめた。ほのかに大陸渡来の香が薫った。皇子が響岐の額に軽く口付ける。そうして三日目の夜を過ごしたのだった。


  朝方、皇子は起きる。響岐もこの日は起きられた。皇子にどう声をかけようか逡巡する。その間にも彼は自分の衣を着ていく。ついでに髪も軽く結わえるとこちらを振り返った。


「……響岐。じゃあ、今日もこれで帰るよ」


「……ええ。またおいでください」


  皇子は頷いた。響岐はほうと息をついた。何だかため息をついてばかりだ。皇子も気づいたのかちょっと不思議そうにしている。


「響岐。浮かない顔をしているね」


「そうでしょうか?」


「うん。ちょっと疲れが溜まっているみたいな顔をしているよ」


  皇子に言われて響岐はちょっと目を見開いた。やはり顔に出ていたか。そう思い、頬に手をやる。皇子は響岐に近寄ると手をやった方のとは反対側の頬に手を当てた。じんわりと温かさが伝わる。


「……ちょっと額を触るよ」


  小声で言うとそのまま頬に当てていた手を額にも同じようにする。しばらくじっとしていたら手を外された。


「ううむ。ちょっと熱があるね。ごめん。気づかなくて」


「え。熱があるのですか?」


「うん。微熱だけど」


  そう言うと皇子は踵を返した。すたすたと寝所を出て行ってしまう。響岐は慌てて起き上がろうとしたが。目眩がしてそれどころではない。仕方なく褥にもう一度横になる。瞼を閉じたのだった。

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