十六話
この回は少しR15すれすれの描写があります。苦手な方はご注意ください。
響岐はこの日だけは部屋で寝て過ごした。
沙月も今日は安静にするように言ってくる。湯浴みもすませていたが。それでも身体中のあちこちがギシギシと軋むようで痛い。仕方ないので重那と羽空に甲斐甲斐しく世話を焼かれながら一日を過ごしたのだった。
夕刻になり汁粥を食べて白湯を飲んだ。軽く食べてからまた寝る。沙月は心配そうにしていた。
「……響岐様。大丈夫ですか?」
「ええ。心配をかけたわね。ぐっすりと寝たからだいぶ良くなったわ」
「そうですか。それでも皇子様がお越しになるまでは休んでいてください。本当は歩くのもお辛いのでしょう?」
「……良く見ているのね。わたくし、そんなによたよた歩きをしてたかしら」
「よたよたといいますか。だいぶ、歩くのも億劫そうだとは思いましたよ」
沙月はズバリと言ってくる。響岐はよく見ているなと感心した。
「……ええ。足の節々が痛くて。よくわかったわね」
「私は仮にも響岐様付きの侍女ですから。主の体調やその他諸々を把握するのも役目ですので」
「はあ。すごいわね」
響岐が言うと沙月は苦笑した。そして後片付けを羽空に言いつけた。羽空は渋々それに従うようだった。
響岐はさてと目を閉じた。すぐに眠気が来た。そのまま、深い眠りについたのだった。
あれから、半日近くは寝ていたようだ。重那が起こしに来てやっと目を覚ました。もう刻限は真夜中である。
「……響岐様。もう皇子様がお越しです。起きてください」
「え。もうそんな刻限なの。すっかり寝てしまったようね」
「御髪を整えますので。一旦、寝所から出てください」
響岐は頷いて褥から出た。鏡の前に行くと重那が櫛と香油を持って待ち構えている。そうして手早く髪に櫛を入れつつ香油を塗り込んでいく。さらに梳る。しばらくして髪が整うと夜着も新しいのに着替えた。重那はささっと終わらせると「失礼します」と言って去っていく。それに入れ替わるようにして皇子が入ってくる。
「今日も来たよ。けどあまり元気そうではないね」
「……皇子様。わたくし、今日は寝込んでいましたから」
「そうだったね。けど夜伽はできるだろ」
皇子は冷たい表情で言う。一体どうしたのだろうと思い、響岐は少し目を見張った。
「……響岐。君は僕だけを見ていればいいんだ。他の奴なんて放っておけばいいよ」
「皇子様?」
「僕はずっと君しか目に入ってなかった。なのに君は僕だけを見てくれないね。どうしてなんだ?」
「……あの。わたくしがあなただけを見ていればいいとは。どういう事で……」
「言葉通りだよ」
そう言うと皇子は響岐のすぐ近くにやってくる。彼女の頬を両手で包み込むようにして顔をぐっと近づけた。皇子は接吻をした。けど昨日よりも長く感じられた。噛みつくようにされて息が苦しくなった。
響岐がもう無理と思った時にやっと唇は離れた。皇子の目は潤んでどこか悲しげだ。どうしたのだろうと思っていても何も答えてはもらえない。複雑に気持ちが揺れる中、皇子は響岐の背中と膝裏に両手を差し入れた。横抱きにされて無理に寝所に運ばれる。そうしてこの日も皇子と一夜を共にしたのだった。
響岐は夜明け近くに昨日のようには起きれなかった。皇子はまだ疲れて眠っている彼女の額にかかった髪を払ってやる。そうしてそっと頭を撫でた。
「……響岐。後もう少しだけ僕の側にいてくれ。君だけなんだ。こんなに惹きつけられたのは」
小さな声で囁く。わかっている。いずれ、響岐は自分の元を離れて行くだろう。そんな予感めいたものは彼女を妃に迎えてから漠然とあった。それでもこの腕に閉じ込めたい。響岐はそのくらいに自分を魅了してやまないのだ。だからほんの少しでいいから自分の事を想ってほしい。兄がこんなに美しい少女を放っておくはずがないだろう。それでも欲しいのだ。君の心が全てが。胸中で狂うような恋情に蓋をする。皇子は苦笑して響岐の頭から手を離した。名残惜しいけれども立ち上がる。そのまま、静かに寝所を去ったのだった。