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十五話

  羽空が沙月に連れて行かれてから三日が経った。


  響岐はちょっと気になっていたが。重那も沙月も何も言わないので聞くに聞けない。仕方なく歌や長歌を詠む日々を送っている。また、最近は縫い物もしていた。自分用の領巾(ひれ)に刺繍を施していたのだ。そんなこんなでこの日も無事に一日を終えようとしていた。


「……響岐様。皇子がお越しです」


  沙月が告げた。響岐は刺繍をする手を止める。


「皇子様が?」


「ええ」


  沙月が頷くと響岐は糸を玉留めする。鋏でパチンと切ってから針を布で作った針山に戻す。


「……わかったわ。お通しして」


「わかりました。では一旦失礼しますね」


  沙月はそう言うと響岐用の部屋から出る。それを見送るとふうとため息をついた。もうこちらに来てから一月は過ぎていた。いつになったら実家に戻れるのだろう。そう考えて日が傾き始めた空に目線をやったのだった。


  響岐は大海人皇子が来ると部屋を片付けて居住まいを正した。大海人皇子はにこやかに笑って響岐の元にやってくる。


「……やあ。久しぶりだね。元気にしてた?」


「……ええ。わざわざ、ありがとうございます」


  響岐が緊張して言うと大海人皇子は不思議そうな表情になった。


「……響岐?」


「いかがなさいましたか?」


「いや。ちょっと元気がないなと思って」


  皇子はそう言いながら重那が用意した椅子に座った。その動作は優雅ではある。響岐は息を吸う。ひゅっと音がして緊張しているのが自分でもわかった。


「響岐。今日は私も君と夜を一緒に過ごす気でいるから。そのつもりでいてくれ」


「……わかりました」


  響岐は裳の裾を握り込んだ。とうとう夜伽の日が来た。恐れていた事が来てもっと緊張が高まってしまう気がする。それでも大海人皇子は椅子から立ち上がった。響岐にそっと近づいた。手に不意に触れられた。


「響岐。私に身を委ねてくれたらいい」


  低い声で言われる。響岐はごくりと唾を飲み込んだ。どくどくと心の臓が鳴って聞こえやしないかと不安に駆られた。皇子は彼女の肩に手を置く。顔を近づけた。軽く温かく柔らかなものが自身の唇に当てられる。響岐もさすがにわかった。これは接吻だ。いわゆる恋人同士がする行為だが。響岐は肩や手が震えるのがわかった。


「……落ち着いて。無体な事はしないから」


  耳元で囁かれた。少し息を吸って吐いてしたら少しは落ち着いたようだ。皇子はそれを見計らって響岐の額にも口付けた。その後、二人は寝所に移動した。こうして皇子は響岐と一夜を共にしたのだった--。


  翌朝、皇子は明け方と言える刻限に自室に戻って行く。響岐はそれをまんじりとせずに見送る。


「……それじゃあ。また今夜も来るよ」


「お気をつけて」


  響岐がいうと皇子はにっこりと笑う。いかにも嬉しそうだ。小首を傾げると皇子は彼女の頭を撫でた。その手つきは優しい。


「はは。可愛いね。響岐は見かけに合わず、初心(うぶ)だ」


  初心と言われて響岐は顔に熱が集まるのがわかる。


「……な。皇子には言われたくありません」


「ふうん。じゃあ、もう一度押し倒されたい?」


  皇子はにやりと意地悪げに笑った。さすがに気だるいので響岐は首を横に振る。


「嫌です」


「そう。それは残念。とりあえず、今は帰るよ」


  コクリと頷いた。皇子は名残惜しいと言わんばかりに表情を曇らせた。何度も振り返りながらも帰って行ったのだった。


  響岐はふうと息をつくと二度寝を決め込んだ。足腰がだるい。後、下腹部がじくじくと痛いし。とりあえず、うとうとと微睡んだ。そうする内に次に目が覚めた時には昼間になっていた。


「……響岐様。お湯を使いますか?」


  おずおずと重那と羽空が声をかけてくる。響岐は眠い目を擦りつつ頷いた。今になって声が掠れている事にも気づく。そしたら重那が気を利かせて白湯を冷ました物を持ってきてくれた。それを飲んでからお湯殿に向かう。重那と羽空は黙って響岐の湯浴みを手伝ってくれたのだった。

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