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十四話

  響岐が大海人皇子の宮に来てから一月が過ぎた。


  その間、皇子は響岐の元に昼間は来るが。夜の訪れはなかった。沙月達もそれについては何も言わなかった。響岐が心の面でも自覚ができるまでは待とうというつもりらしい。


「……響岐様。姉君様から御文が届いています」


「そう。早速、読んでみるわ」


  沙月が手渡すと受け取って文を広げた。内容を確認する。


<響岐へ

  元気にしていますか?わたしは元気にしていますよ。

  響岐は昔から引っ込み思案な所があったから心配です。皇子様はよくしてくださっていますか。

  父上も響岐の事を案じていました。母上がいないから余計にね。もし、嫌な事があったら文で知らせてちょうだいね。

  それでは。

  翡翠より>


  ごく短い内容であった。響岐はそれでもこうやって気にかけてくれる姉に感謝の念が湧いてくる。じんわりと胸が温かくなった。


「響岐様。お返事はいかがなさいますか?」


「そうね。すぐにでも出すわ」


「では。準備をしますね」


  沙月はそう言って部屋を出ていく。響岐はぼんやりと庭園を眺めた。ふうと息をつく。もう、ここに閉じ込められて一月だ。さて、これからどうしたものやら。そんな思いが首をもたげていた。


  その後、沙月が用意した竹簡に筆で用件を書いていく。


<姉様へ


  姉様もお元気でしょうか?わたくしは元気にしています。

  わざわざ、文をありがとうございます。姉様に心配をかけてしまい、申し訳ないと思いました。

  皇子様はよくしてくださっています。父上にもわたくしは大丈夫だとお伝えください。母上のお墓参りにもいつかは行きたいです。

  姉様、嫌な事はありません。それでは。

  響岐より>


  響岐はそう綴ると竹簡を沙月を呼んで渡す。その後、姉の翡翠に届けられたのだった。


  響岐は宮中と違ってやる事がないので暇を持て余していた。仕方ないので以前と同じように歌を木簡に書き付けたりする。


<白梅のうららに咲けるのどかなる

 冷たき風もなくと思へば>


  意味としては(白梅がうららかに咲くのどかなる時に。ただ、冷たい風さえなければと思う)という単純なものだが。それでも以前よりは気持ちに余裕が出てきている。


「響岐様。もう昼餉を召し上がりますか?」


「……そうね。食べるわ」


  頷くと重那が立ち上がって昼餉のお膳を取りに行く。羽空だけが残った。まだ、謹慎の期間は残っているが。室内から出なければそれで良いらしい。


「響岐様は歌がお好きなんですね」


「ええ。昔から歌と長歌が好きね。特に歌は自分の気持ちを一番素直に言えるから」


「そうなのですね。わたしは歌が苦手で。羨ましいです」


  羽空は本当に羨ましそうに見てくる。響岐は恥ずかしくて返答に困った。


「……羽空。わたくしは偶然、好きなだけで。下手の横好きも良いところなのよ」


「それでも全く詠めないよりはいいですよ。わたしは長歌も駄目で。よく沙月さんに怒られるんですよ」


「そうなの。それは大変ね」


  相槌を打つと羽空はそうなんですよと頷いた。


「だから、響岐様。もしよろしければ。歌を教えていただけませんか?」


「わたくしが?!」


「はい。だって響岐様に教えていただくのが一番だと思いまして」


  そんな事を言われてもと思う。が、羽空はその気のようだ。どうしたものかと思う。そんな時にパタパタと足音が聞こえた。何事かと思って足音が聞こえた方を見ると沙月が怖い顔でこちらに駆け寄ってきた。

  後ろには昼餉を取りに行っていた重那もいる。沙月はぜいぜいと息を切らしながら近づいた。


「……羽空。お前は響岐様に何をしているのです」


「……あ。沙月さん。響岐様に歌を教えていただこうと思って。お願いをしていたところです」


「……羽空。お前は自分の立場をわかって言っているのか。謹慎中だというのに軽はずみな事を。響岐様にも失礼だとわからないのか?」


  沙月は冷たい口調で叱りつけた。羽空は黙り込んでしまう。響岐はおろおろとするだけで二人にどう声をかけていいのかわからない。重那も黙って事のなり行きを見守っていた。

  沙月は羽空のすぐ側まで来ると彼女の腕を掴んだ。羽空はひっと小さく悲鳴をあげた。結局、沙月は羽空を引きずって部屋を出て行ってしまう。重那はおずおずと昼餉のお膳を響岐の前に置く。


「……あの。わたしや沙月さんがいない時に失礼致しました」


「いいのよ。気にしないで」


「そう言っていただけると助かります」


  そんなやり取りの後で響岐は昼餉を食べ始めた。重那は響岐の懐の深さに感心した。その後、無言ではあったが。嫌ではない雰囲気で食事を終えたのだった。

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