十三話
響岐は羽空と重那の二人から意外な話を聞いて驚きと衝撃を隠せなかった。
しばらくして沙月が朝餉のお膳を持って戻ってくる。幾野も片付けを終えたらしく部屋に再び四人が揃う。
「……額田様。今日は毒味を致します。それからお召し上がりください」
「わかった。頼むわ」
ではと言って沙月が先にお膳に箸をつけた。一口ずつ料理を口に含んでは飲み込んでいく。全ての毒味を終えるとやっと響岐は朝餉にありつけた。このたびは大丈夫だと沙月も判断したらしい。
「額田様。朝餉も終わりましたし。何かなさいますか?」
「……そうね。じゃあ、庭を散策したいわ」
「わかりました。では支度をしますので。少々お待ちください」
沙月が言うと羽空や重那、幾野が散策の準備に取り掛かる。響岐はその間、椅子に座って待つ。ぼんやりと床の一点を見つめていたら沙月が話しかけてきた。
「額田様。何やら浮かない顔をなさっていますね。どうかしましたか?」
「……沙月殿。その。わたくしに昔から仕えてくれていた加耶と千萱の二人がお暇をいただいたと聞いて。それが気になっていたのよ」
「……そうでしたか。それは誰が言ったのかお聞きしてもいいですか?」
「確か。羽空殿と重那殿の二人だったかしら」
「あの二人がですか。わかりました。わたしから注意をしておきます」
厳しい表情になった沙月に響岐は慌てる。口が軽い侍女ではあるが。それでも秘密にしておいた方が良かっただろうかと思う。
「……額田様。気になさらなくていいですよ。こちらの監督不行き届きが原因ですから」
「……でも。その。羽空殿も重那殿も悪気はなかったと思うの。だから大目に見てあげて」
「額田様。大目に見ていてはかえってあの二人のためにはなりません。なので庇う必要はないですよ」
はあと言うと沙月はにっこりと笑った。が、目は笑っていない。
「……では。早速、羽空と重那を探してまいりますので。一旦失礼いたします」
沙月はてきぱきと言って部屋を出ていく。どうしたものかと響岐は頭を抱えたのだった。
その後、響岐は大海人皇子の宮の庭園をそぞろ歩いた。後ろには沙月と幾野の二人が付き従う。羽空と重那はこの場にいない。罰として二月(二カ月)の謹慎を命じられたからだ。ちなみに命じたのは沙月である。
「額田様。あちらの白梅の花も見頃のようですよ。見に行ってみましょう」
「そのようね。行ってみましょうか」
三人で白梅の木の下にまで行く。見事な白梅の花が咲いていた。それを眺めながら響岐はしばらくの間、考えていた。
(しばらくは歌の事も考えていなかったわ。それくらい毎日が忙しかったわね)
そう思いながら空を見上げる。ピーチチとひよどりが鳴く。のんびりとした昼下がりではあるが。響岐は大海人皇子の面影を思い出す。じんわりと切ないながらも温かい何かが込み上げてくる。この感情がなんと言うのかはまだわからない。けど姉の翡翠だったらこう言うだろう。
それは恋なのだと。もしかすると初恋かもしれないが。響岐はさてと頭を切り替えた。さくさくと土を踏みしめながら歩く。
「……額田様。朝方よりは元気になられたようですね」
「そうみたい。庭を散策したおかげかしら」
響岐はそう言ってにこやかに笑う。沙月はちょっと目を見開いて頬をうっすらと赤らめた。彼女は響岐を美しい娘だとは今朝から思ってはいたが。笑うとはっとさせられるだけの艶やかさを響岐は持っている。まるで大輪に咲く花のようだ。これほどの美しさであれば、大海人皇子が魅かれるのも無理はないと言えた。
沙月は今後の行く末に不安を感じながらもはしゃぐ響岐を見守った。
今日から自分はこの娘を守るのだ。あらゆる危険から。そう自身に言い聞かせた。幾野も笑いながらも内心は自分と同じ気持ちだろう。響岐は素直だからその分危うい。他の男に彼女をかすめ盗られないか皇子は心配だろうなと他人事ながらも思った。
一歩響岐に踏み出したのだった。