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十二話

この回は残酷な描写があります。苦手な方はご注意ください。

大海人皇子は響岐に言いにくそうに告げた。


「……わたしは。日嗣の皇子ではないから。母上も随分と悩んでいるようだ」


「そうなのですか」


「……わたしはその。父上ーー田村大王の実の子ではないらしい。実の父は高向王と呼ばれた方だと聞いた。母上が秘かに教えてくださった」


響岐は息を飲んだ。高向王といったらかの厩戸皇子の甥に当たる方ではないだろうか。父君が厩戸皇子の異母弟であったはずだ。


「……わたしの本当の名は。大海人ではない。漢王。それが実名だと言われた」


響岐はあまりの事に目を見開いた。今自分の目の前にいる方は大海人皇子ではない。では本物の大海人皇子はどうしたのだろうか。

響岐はある一つの可能性に思い至った。子の取り替えだ。大海人皇子と漢王をすり替えさせた。が、誰がそれを指示したのかがわからない。


「皇子。本物のといったら失礼になりますけど。大海人皇子は今どうなさっているかご存知でしょうか?」


「母上が言うには生まれてすぐに亡くなったらしい。つまりはもうこの世にはいないんだ。わたしは漢王ではなく大海人皇子を名乗れと言われて育った」


「……」


響岐は何を言えばいいのか逡巡した。どんな言葉も大海人皇子ーー漢王の慰めにはならない。そんな気がした。

でも漢王は中大兄皇子の弟ではなく異父兄であった。しかも厩戸皇子の遠縁にあたるのだ。彼は今までどのように生きてきたのか。響岐は涙が不意に出そうになった。瞼を閉じる。ふと体をぐいと引き寄せられた。


「……皇子?」


「……響岐。このままで」


低く掠れた声で言われた。身じろぎはせずにそのままでいたが。

しばらくして皇子は響岐を離した。顔が熱くて皇子を見られない。


「わたしはもう自分の部屋に戻るよ。響岐はここでゆっくり休んだらいい」


「はあ。わかりました」


頷くと頬を皇子は撫でて響岐の部屋を出ていく。しばらくはその場でぼうとなっていたのだった。



その後、加耶と千萱がやってきて寝る支度をする。二人とも無言で響岐の支度をすませるとさっさと出て行ってしまう。どうしてだろうと思いつつも寝間に行き、休んだ。


(加耶も千萱も様子が変だった。何があったのかしら?)


首を傾げながらも瞼を閉じる。深い眠りについたのだった。



翌朝、加耶と千萱がいつものように起こしにやってくる。そのはずだった。

が、響岐の部屋にやってきたのは見知らぬ侍女たちで驚いてしまう。


「……おはようございます。額田様。わたし共は今日からあなた様のお世話をするように仰せつかりました」


「はあ。けど加耶と千萱はどうしたの。二人がいないと……」


「加耶殿と千萱殿にはお暇をするように皇子が仰せになりました。ですのでもうここにはいません」


冷たく侍女の内の一人が言う。響岐は目を見開き、何故と小さく呟いた。


「わたしは侍女頭で古参の沙月(さつき)と申します。右側が幾野で左側が羽空(うく)です。後ろにいるのは重那(えな)になります」


「……わかった。沙月に幾野に。羽空と重那ね。覚えておくわ」


響岐が頷くと沙月はずいと進み出た。


「では早速、身支度を致しましょう。幾野、そなたは寝間の片付けを。羽空は額田様のお衣装を。わたしと重那で髪結いとお化粧をやらせていただきます」


仕方なく響岐は頼むと言ったのだった。


半刻程して羽空が萌黄色の上着に薄い山吹色の裳を選び髪結いは沙月がお化粧を重那がという手順でやった。はっきり言って加耶と千萱より四人の方が手際が良かった。これには響岐も歓心する。


「できあがりました。これから朝餉を持ってきますので」


「……わかったわ」


沙月は一礼すると朝餉を取りに行ってしまう。残った侍女の内、重那と羽空が話しかけてきた。


「額田様。あの。あたし達がいきなり来て驚いているでしょうね。けど加耶殿と千萱殿は影であなたの悪口を言っていて。それを大王様と皇子のお耳に入れたのは沙月様なのです。それで皇子はあたしや重那さん、羽空さんや沙月様を選んだんですよ」


「そうなの。けど悪口を言っていたくらいで辞めさせるのは厳しすぎないかしら」


「……わたしは羽空ですけど。加耶殿はこっそりと額田様のお食事に弱い毒を入れていたと報告がありまして。調べたら加耶殿は皇子と敵対していた方に額田様の暗殺を命じられていたとか」


さすがの大事に響岐はすうと体が冷たくなっていくのがわかった。まさか、幼い時から育ててくれた加耶が自分の命を狙うとは。羽空は響岐を気遣わしげに見た。体の震えが止まらなかった。

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