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十一話

響岐は宮廷に仕え始めてから一年が経った。


もう彼女も十六歳になり少しは慣れてきたように思う。大王もよくしてくれる。大海人皇子との仲も進展はしていた。

それでも二人は抱擁をするくらいだが。大王は微笑ましいと思っておられるようだ。



そうして大王は響岐をある日に呼び出した。響岐はどうしたのだろうかと思いながらも御前に急ぐ。

大王のおられる執務の間にたどり着いた。取り次ぎ役の女官が待ち構えている。


「……あの。大王のお呼びにより参りました。額田です」


「あら。額田殿でしたか。大王がお待ちかねです。入ってください」


頷いて礼をした。女官は扉を開けて中に入るように促す。響岐はそのまま入る。


「ああ。額田ですか。来たのですね」


「……お呼びだと伺いましたので。まかり越しました」


「いきなり呼んで悪かったわね。ちょっと大海人の事で話したくてね」


響岐はぴんとこずに小首を傾げた。


「皇子の事でお話ですか?」


「ええ。実はね。大海人も今年で十八になるのよ。それでね、誰か妃になってくれそうな人を探していて。響岐は心当たりはないかしら?」


「……わたくし。その。姉がいますので。そちらをお勧めしたいのですけど」


「姉君をね。確か、翡翠殿と言ったかしら。でも大海人より翡翠殿の方が年上よ」


「申し訳ありません。ですけど他にふさわしい方をわたくしは存じ上げませんので」


響岐が謝ると大王はくすりとお笑いになった。


「……額田。そんなに緊張する事はなくてよ。ただ、そなたに本当の気持ちを聞いてみたかったの」


「え。大王様。本当の気持ちですか?」


「そうよ。額田はどうも色恋にはとんと鈍いと大海人が言っていたのよ。だからわたしが代わりに聞くという話になったのだけどね」


はあと言うと大王は真剣な表情にお戻りになった。


「……では額田。これは大王としての命です。そなたが大海人の妃になりなさい」


「わたくしでは過分な事にございます。でも皇子に精一杯お仕えする事を約束いたします」


「額田。無理に命じて悪いとは思っているのよ。大海人はそなたを本当に好いているの。だからあの子を支えてあげて」


額田王こと響岐は深々と膝をついて一礼をしたのだった。



その後、響岐は大海人皇子の妃として彼の宮に入る事になる。妃になる事を承諾したと聞いた大海人皇子はかなり喜んでいた。


「……響岐。君が妃になってくれるなんて夢のようだ」


「わたくしでは不釣り合いなのは承知しています。皇子に精一杯お仕えします」


「そんなに堅くなる事はないよ。わたしも緊張はしているけど」


大海人皇子ははにかむように笑う。響岐の手をそっと握った。


「……大事にするから」


「ありがとうございます」


「礼を言う必要はないよ。わたしが急いだのが悪いんだし」


響岐は訳が分からずにいた。何を急いだというのだろう。


「あ。何でもないよ。ちょっと込み入った話になるから。後で説明するよ」


「……わかりました」


大海人皇子は響岐の手を引いてこちらだと案内する。付いて行ってみるとそこは響岐用の部屋らしかった。


「ここが響岐の部屋になる。急いで用意させたから。何か足りない物があったら言ってほしい」


「皇子。恐縮です」


「……響岐。何かさっきから素っ気ないように感じるんだけど」


「……わたくし。大王の命でこちらに来ましたので。妃になるのも役目の一つだと思っていました」


「そんな。役目ではないよ。わたしが我がままを母上に言ったから響岐がこちらに来る事になっただけで。思いつめなくていいんだ」


響岐は驚いた。大海人皇子はどうやら本気で自分を妃にしたいらしい。だが今ひとつ腑に落ちないでいた。


「……皇子。わたくしを急いで宮に迎えたのは何故ですか?」


「やっぱり君には筒抜けだったか。その。響岐を急いで宮に迎えたのは兄上に出し抜かれないためだよ。兄上は君を気に入っていたからね」


「そうなんですか」


「もう一つあるとしたら。母上は次代の大王に兄上を据えるかわたしを据えるかで悩んでおられる。兄上にはちゃんとした家の女性(にょしょう)をあてがうだろうけど」


「わたくしが皇子の妃になったら継承権は遠のくという事ですか?」


響岐が問うと大海人皇子は頷いた。響岐はさらに驚きを隠せなかったのだった。

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