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傘の内  作者: 冴吹稔
3/5

千余の傘

 アパートに帰って、僕はまずドアの前の手すりを見た。傘は相変わらずそこにあった――当たり前だ。この工業社会で売られているものはたいてい量産品で、街中で同じものを見かけることぐらいは不思議でもなんでもない。

 では、なぜ――いや、そもそも何が起きている? あの中年女性もこれと同じ傘を持っていたが、そのこととあの得体のしれない怪異にどんな関係があるのだろう?


 しばらく傘をにらみつけた後、僕は部屋に入り、おもむろにパソコンを立ち上げた。今どき化石扱いされるだろうが僕はいまだにガラケーユーザーで、しかも携帯端末からネットを見ることがほとんどなかった。


 検索エンジンにキーワードを入力する。 

「レディース 傘 エスニック」


 いくつかの通販サイトが表示され、多種多様な傘の商品情報が画面に現れた。


 その中に、あの傘があった。昔からカタログ通販でよく名前を聞いたブランドのものだ。価格は四千円程度、そこそこいい傘だ。ユーザーレビューも好意的なものが多いし特におかしなことはなさそうだが――いや、ちょっと待て。


 低評価を付けているレビューの一件が僕の目を惹いた。


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★☆☆☆☆ 二度と差しません!


投稿者 んべるぷきっちょれ 20XX年7月13日

色:ライトベージュバティック柄 | Azamonで購入


ネットのうわさが気になっていたのですが、本当でした!((((;゜Д゜)))) 

すごく怖くて眠れなくなりました。今度神社でお焚き上げしてもらおうと思います。


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 なんだこれは。およそ傘の通販商品につくレビューとは思えない。何も知らないときだったら気づかなかっただろうが、今の僕にはこれが何を現しているのかすぐに見当がつく。この投稿者もあれを見たのだ。

 では、ネットのうわさとはなんだ? ほかにも同じものを見ている人間がいるのか? うわさになるほどに?


 検索エンジンにもう一回、今度は「傘 長い髪の女 うわさ」と打ち込んだ。ほんのわずかなタイムラグの後、ずらずらと検索結果が表示される――94200件。意外と多い。

 あきらかに創作めいたつくりの怪談、数種類がその上位を占めていた。にわか雨の中で立ち往生している人に傘を差しだしてくる正体不明の女、逆に傘を貸してくれとしつこくねだる女――他にもいろいろ。雨の日に現れる長い髪の女の怪異というのは、どこか僕たちの心に受け入れやすい何かがあるのだろうか。


 だが、何枚かページを移動するうちに僕は目を疑うような気持になった。報告者も日付も場所も違ういくつものネットの記事――掲示板の投稿が、SNSでつぶやかれた百四十文字ほどが、個人ブログのエントリーが、こぞってエスニック柄の傘の内に現れた虚ろな目をした長い黒髪の女について言及している。


 コピペやパクリ投稿としてコメントで一蹴されているものもあったが、どの投稿者も先ほどのレビューと同じく、心底怯えている様子が伝えられていた。

 投稿者のプロフィールを確認していくと、やはり女が多い。最も多数を占めるのは、三十代から五十代あたりまで、そこそこ安定した生活をしていることがうかがわれる成人女性だ。これはあの傘の商品としての性質上、うなずける。

 何人か男性の投稿者もいるが、彼らの多くは雨降りに傘立てから他人の傘を持ち帰った不届きものであったようだ。僕は自分の身に降りかかった実例を思い起こしてひとしきり自嘲気味に笑った――いや、まったくのところ笑いごとではないのだが。


 件の傘が何本売れているかは分からない。だがあの女はそれらがどこかで、雨の中でぱっと開かれるたびに、手当たり次第に出現しているらしい。僕の前で消えたときのあの表情を思い出す。虚ろなだけだった目に、その瞬間だけ感情らしきものが宿って見えた。口をへの字に曲げた残念そうなあの顔。


 先ほどの検索ワードに「エスニック」をくわえて絞り込むと検索結果の桁が一つ減ったが、これらいくつもの――ざっと数えただけでも千本を超える傘の下で、あるいは投げ出された傘の前で、あの表情を浮かべたのだろうか? だとしたら、なぜ? 

 ……もしかして。何かを、あるいは誰かを探しているのではないか。そんな気がする。


 もう少し調べてみることにした。

 各自の前後の投稿を参照してみると、投稿者たちはその後同じ傘を差していないようだ。そして目撃談の数は依然増え続けているらしい。再表示してみると目撃談の数はこの短時間の間にも二件ほど増えていた。多分あの女は、それが何であれ目的をまだ達していないのだろう。


 では、時間を逆にたどってみよう。最初に「彼女」があのエスニック柄の傘――Azamon取り扱い商品番号KC5719003321の内側に出現したのは、いつだ?


 時間を忘れて検索結果のリストをたどっていく。最古のものは四年ほど前――ここから二つほど離れた駅の付近での目撃情報だった。


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