表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

初恋

作者: 黒夜魅月

 何度、


 何度私はその先へ進みたいと思ったのか。

 数えようと思えば最低の366しか思い出せないが、それでもカウントは続いているので結局は分からず仕舞いだ。


 あの瞬く星空の中沈むのなら、と、今でこそ思えるが、当時の私にはそんな物は見えなかった。

 あの窓から見た空は煌々と青で彩られて、輝かしい雲の白が一緒に引き立った素敵な空だった、と思うのだが、記憶にあるのは淀んだ薄灰色の景色だけで、何度思い返しても、私の見てきた素晴らしいであろう景色の数々は、気持ちを滅入らせる、雨色の薄灰色でしか思い出せない。

 それと一緒に思い出すのは、有刺鉄線が絡み付いてくる様な、不愉快な痛みのみ。


 昼間の騒音が消えた後の夜は、まだ心地よかったが、痛みの代わりに嫌ににじり寄って来る様な、漠然としない不安と恐怖があった。

 その時に、昔と今と、その先を考えてみると、真っ黒い物しか見えなかった。


 そんな私に唯一つ美しく映ったのがベランダだった。

 そこに出て手すりに体重を預けて、下を見るのが好きだった。

 月明かりに照らされたコンクリートは、ふんわりとした羽毛の様に、私を誘ってくれた。新月の時はトロリとした墨染めの闇が、ゆるりと私を包んでくれそうだった。

 その時だけは夜の闇に包まれている風景が、美しいと思えた。

 静寂さは私の肩を抱いて、大丈夫とあやしてくれていた。真っ黒に染まった木や山は穏やかに私を見つめてくれていた。

 それでも空を見ることは無かったと記憶している。


 私がその時求めていたのは、星空に沈む事ではなく、その逆だったのだ。

 

 何度夢想したのだろうか、その冷たい地面に口付けする瞬間を。地面に包まれる感覚を。


 けれど、実際その一歩が出なかったのは事実であって、恋をする女学生が、告白できずに苦悩するのに似ていた様に、今は思う。



 時は経ち私がベランダへ出て見る物は変わっていた。

 さっぱりとした青空に、木綿の様な雲、その中を我が物顔で堂々と歩く太陽。灼熱した太陽によって燃え盛る空とそれが飛び火した雲。濡れ羽色の夜空に、宝石のような星、そして琥珀のような月。それらを見るために、よくベランダへ出るようになった。

 特に、夜に出るのが好きで、外の外気で温度を変えた手すりは、私の手や足に「久しぶり」、と会釈してくれるように感じ、空を眺めている時に撫でる風は、「今日の私はどう?」と聞いてくれるように思える。


 けれど時々、ベランダから部屋へ帰る時に感じる物がある。

 スルリと、私の足に黒色の絹を絡ませる様に地面の暗闇が誘ってくる。その闇はあの時とは違い、私にとっては嫉ましく、まだかまだか、と口を開ける怪物にしか見えなかった。

 それと同時に懐郷の念も襲ってくるのだ。







今もまだ、夜の地面は初恋の様に私の心を放してはくれていない。

夜中に外にでた時、特に、高い所に居る時に感じる、言いようのない不安を表現できればと思いました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ