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7話 ヤギの突き飛ばしは結構痛い

 通路を歩くこと10分ほど。外の小さな小屋からは想像もできない規模の通路だった。

 その先にあったのは学校の体育館ほどのホール。そこの村人たちが白いマスクを被ってずらりと並んでいる。なにこれ怖い。

 あれだ、こいつらカルトだ、なんか奥のほうに祭壇あるし、あの村はカルト村だったんだ。

 なんてことを考えながら、俺は犬に追い立てられて祭壇の方へ進んでいく。

 そこでは大きな台で炎が燃え、その光りに照らされた仮面を被った男と……ナタリーがいた。

 ナタリーはいつもの埃で汚れた服ではなく、身体をすっぽりを覆う白い布に身を包んでいる。

(ていうか、あの布の下、何も着ていないじゃないか)

 カルト教団の考えることは分からんね。この世界では下着を着る習慣は一般的で、ああいう格好は普通しないはずだ。

 俺の姿を見たナタリーは顔をくしゃりと歪めた。

 やはりどうやら、俺はここで殺されるようだ。

 いやはや、ヤギの人生は儚い。人の夢とは程遠い存在でも、儚いものは儚い。

 ちらりと周りの様子を伺う。村人の実力は分からないが、あの犬だけでも俺にとってはオーバーキルだ。

 だが見渡すとあの犬とハンターの男がいない。臭いを探るとどうやらこのホールから出て行ったようだ。

 だとしたら逃げられる可能性も……いや無理か、数が多すぎる。動物は人間に劣る。一対一でも勝てそうにないのに、この人数ではどうしようもない。

「ホールド・オールマイティ!!」

 げ、魔法!?

 祭壇の男が小さな宝石を持ち、指で印を作り、そして呪文を唱えた。宝石がぼっと手の中で炎になったが、男が熱がっている様子はない。

 途端に俺の身体が硬直し、そのままバタンと倒れる。

 頭を打った、とても痛い。

「め、めぇ……」

 祭壇の男が俺の首根っこを掴み、そのまま引きずっていく。痛い! 超痛い! 首を痛める!

 こりゃいよいよか……次は人間に生まれ変わりますように。

 祭壇の側の台に俺の身体は投げ出された。扱いが雑だ。

(ん?)

 そこで俺はナタリーの脚が鎖で繋がれているのに気がついた。

 鎖はすぐ近くの杭と接続されていて、まるでナタリーが逃げ出さないように縛り付けているようだ。

(もしかして、ナタリーは俺と同じ……)

「ごめんね、ヤギさんごめんね」

 ナタリーは泣いていた。

 男が大振りのナイフを持って叫びだす。

「畏き深淵の蕃神、現世に彷徨い出で来貴き血脈を今深淵に御返し申し上げ奉る、畏み禍事清め給え、無垢なる獣の血肉を捧げ奉らん、我らが事を聞こしめせ、恐み恐も白す」

 そう叫ぶ男の顔が炎で真っ赤に照らされた。両手で握られたナイフが真っ直ぐ俺に振り下ろされた。

 焼けつくような痛みで視界が赤くなり、そして流れでた血と共に全身の力が抜けていった。


 俺の身体は祭壇横の溝を掘られた場所に置かれた。血が溝を沿って流れていく。これに何か意味があるのかもしれないが、そういったことを考える余裕はもう俺には残っていない。

 次はナタリーが男に捕まった。

 涙で赤くなった目で俺の方を見ていたが、諦めたようにうなだれると、祭壇に自分から横たわる。反抗してもどうにもならないことはナタリーもわかっているのだろう。

 男はナイフでナタリーの来ていた服を引き裂いた。

 顕になったナタリーの肌に、男は俺の血を指ですくって何かを描いた。

 少しだけ、ナタリーが殺されるわけじゃないという気持ちもあった。自分の村の住人を生け贄に捧げるなんて俺の感覚ではありえないことだ。

 でもそれは甘い認識だったようだ。男は、俺にしたように、ナイフをナタリーの胸の上に振り上げた。

 あんな小さい少女を、この村人達は殺す気なんだ。


 まったく、ひどい世界だ……。

 保っていた意識も段々と薄れていく。一度死んでいるからか、この理不尽な状況でもすんなりと受け入れることができた。

 そもそも俺ヤギだし。


 だけど、ナタリーはそうじゃない。


『……たくない』

(…………)

『死にたくない!』

(これはナタリーの声か)

 なぜかナタリーの心の声が俺に届いた。

『死にたくないよ! なんで私が死ななくちゃいけないの! なんでヤギさんが殺されなくちゃいけないの! なんで! なんで生け贄になんかならないといけないの! ヤダ! 死にたくない! 誰か! 誰か助けて!』

 ナタリーは目をつぶって震えていた。男の祈りの言葉が終われば、ナイフが振り下ろされナタリーは殺されるのだろう。

『やだ! やだよ! やっと友達ができたのに! 死んじゃうなんてやだよ! 神様助けてよ! 私ずっと、ずっと良い子にしてきたのに! 誰からも優しくされなくてもずっと我慢してきたのに! 最後は私も、私の友達も、死んじゃうなんてやだよ!』

(……やれやれ、こりゃ)

 麻痺の魔法はすでに解除されていた。俺は血を失った手足に力を込めた。

 残った血が傷口からあふれた。忘れていたように胸に激しい痛みが走った。生きようとしたからか。

(痛いなぁ……でもあんな事言わせてたらそりゃ)

 立ち上がり、床を蹴った。

 鈍りきっていた人間の頃の身体とは違い、草原を駆け回っていたヤギの脚は一気に速度があがる。

(助けないといけないだろうが!)

 俺の白い身体が祭壇の上にひるがえった。

「めえええええ!!」

「ぐあああああ!!」

 儀式に集中していた男は突然の攻撃に反応できず俺の突撃で突き飛ばされた。

 台を飛び越え火の着いた油が並々入った祭壇の中へと突っ込んだ。

「うぎゃああああああああ!!!」

 ついさっきまで生殺与奪者だった男が炎に焼かれている。

「司祭様!」

 村人達が悲鳴を上げたが、突然のことにパニックに陥りどうすればよいか分からず動けていない。

 その隙に俺はナタリーの元へ近づく。

「ヤギさん……」

 呆然としているナタリーの足元の鎖をにらみ、角を大きく振り上げて全力で叩きつける。

 何度か繰り返しているうちに鎖がパチンと弾けた。よし。

 俺はさっきまで死にかけていたのに、今はなぜか力が満ち溢れていた。

 不思議だが考えるのはあとにしよう。

 裸のナタリーに破れて落ちていた服の残骸を差し出す。

「助けてくれるの?」

(早く背中に乗れ、混乱しているうちに逃げよう)

「うん分かった」

 ナタリーが俺の背中にまたがった。

忌子いみこが逃げたぞ!」

 村人の誰かが叫んだ。が、なにやら俺は今力が溢れている。今ならこんな人垣簡単に超えられる気がする。

(どりゃあああ!!)

 めえええと叫びながら俺は走りだした。立ちふさがった村人を突き飛ばし、飛び越え、角を振り回して叩きのめしながら進んだ。

「な、なんだこりゃあ!?」

 騒ぎを聞きつけて、俺を捕まえたハンターとあの犬が駆け込んできた。

「ジョン! 忌子が逃げた! 捕らえろ!」

 ハンターはすぐさま犬を俺にけしかける。

 まずい! けどここまできたらやるしかない! いいぜやってやんよ!

 角を突き出し真っ直ぐ駆け抜ける。

「ぐるる!!」

 犬も牙をむき出しにして唸ると、俺に飛びかかった。

 ナタリーがギュッと俺の首筋を掴んでいる。ここで俺が倒れたらナタリーは間違いなく殺される。

 ガチンと激しく音がした。

「キャン! キャン!」

 犬の牙が砕け、痛みで悲鳴を上げる。

 どうだこのやろう! 突撃なら角持ちの方が有利なんだぞ!

 そのまま出口へ走る。ハンターも予想外の出来事に硬直して動きが鈍い。

(どけ!)

 こいつも突き飛ばしてそのまま駆け抜ける。

 もう邪魔する奴はいない、俺の脚は人間より速いのだから。

 俺達はそのまま地上に出て、森の中へと逃げていった。

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