6話 ダンジョンとヤギ
俺が気に入ったのが伝わったのか、次の日もまた次の日もナタリーはブラシを持ってやってきた。なんだ良い子じゃないか。
そして今日もナタリーは檻の中へやってきてブラッシングをしたり俺の背中をなでたりしている。
(それにしてもこの子友達いないんだろうか)
アビリティ『嗅覚』のおかげで俺の鼻は人間だったころより遥かに高度な感覚器となっていた。ナタリーが近づいてくるのは目で見なくても分かる。そして、残された臭いからその人間が他の人間や動物に会っていたかということも分かってしまう。
今の俺なら警察ヤギとかやれそうだ。
ナタリーからはナタリー本人以外の臭いを感じない。友達もいないし、どうも家族もいないのか疎遠のようだ。角が生えてるし、純粋な人間じゃないのだろう。でもステータスは人間なんだよな。
「くー……」
お腹のあたりに体温を感じた。見てみるとナタリーが俺のお腹を枕にして眠っていた。
まっ、いいだろう、ブラッシングのお礼にこれくらいはサービスしてやろう。
「め、めぇぇ」
子守唄は無理か。
それにしても、ヤギの檻で子供が眠っているのに遠くで俺のことを監視しているやつはこっちにこないのか。
隠れてこっちの様子を伺っているのは臭いで分かる。ナタリーが檻に入る時はいつも同じ臭いが監視していた。そんなに心配なら隠れてないでついてくればいいのに。
「ママ……」
ナタリーが呟いた。寝言のようだ。
(泣いてる)
お腹のあたりの体毛がナタリーの涙で濡れた。やはり複雑な家庭なのか。
俺はナタリーの身体を包み込むように丸めた。安心したのかナタリーの顔に小さな笑顔が浮かんだ。
その翌日。村の様子がなにやら慌ただしかった。
ピリピリとしているというか、殺気立っているというか、まあ俺はヤギだから関係ないんだけど。
と言ってもいられなくなったのがその日の夜。
今夜は新月の日で、夜がいつもより暗い。ヤギのアビリティには新月の薄灯りであってもある程度見通せる『夜目』があるのだが、普段より遠くが見えないのは事実だ。
「ワン!」
なんだよ、こんな夜に。
檻の鍵が開けられ、俺を捕まえた犬が俺を吠え立てた。外に出ろと言っているらしい。
(はいはい、出りゃ良いんだろ)
この犬はなぜか俺より遥かに強い。暴れて逃げ出すのは難しそうだ。
(しかしいよいよお肉にされるのか)
ヤギとして生きても面白いことは無さそうだし、また新しい身体に転生できるかもしれない。死にたくはないが逃げ出せそうにもないし諦めも肝心かもしれない。
どうせ生き残ってもヤギなんだ。レベルも上がらない。
「ワン!」
(分かったよ行くよ、逃げやしないんだからそう急かすなよ)
文句を言っても聞き入れてくれるつもりはないらしい。
俺はトボトボと先へ進んだ。
連れて行かれたのは村の外れにあった建物だ。
外見は蔦に覆われた古そうなレンガ造り建物だが、中は一応定期的に清掃されているらしく埃が積もったりはしていない。
臭いからするにかなり多くの人数がつい最近ここに出入りしているはずだ。
俺を連れてきた男が床に手を触れた。そこには隠してあった取っ手があり、それを引くと落とし戸ががたんと開いた。
なんだ、中からかなり多くの人間の臭いや嗅いだことのない奇妙な臭いが混じっている。
こんなところに屠殺場があるとも思えないが、どういうつもりだろう。
「ワン」
犬に吠え立てられて先へと進む俺は、ようやく何か異常な状況であると理解し始めていた。
「ワン!!」
なんだ!?
俺の後ろを歩いていた犬がいきなり飛び出した。
目の前にいたのは身長30センチくらい、痩せ細った身体に不釣り合いな巨大な頭を乗っけた不格好な小人だった。
「グレムリンか」
男は剣を抜いたが、加勢するまでもなく犬がグレムリンの喉に食らいつき、そのまま地面に組み伏せていた。
グレムリンの身体がびくんと痙攣すると、光になって消えていく。
(モンスター!)
これが竜の言っていた魔王の力によって生まれるモンスターなのだろう。あとには小さなナイフと細かい宝石がいくつか残っていた。
男は興味なさげに落ちているものをポケットにつっこみ、犬にまた小さなジャーキーをあげて褒めている。
本当に死んだらアイテムになった。
モンスターが出たってことはここはダンジョンなのか。
あらためて周りを見てみると、竜に教えてもらった記憶が蘇ってくる。
これは地下道タイプのダンジョン。ただ地面を掘っただけのダンジョンで、モンスターの隠れ家や地下通路として利用される小型ダンジョン。生み出されるモンスターのレベルは低いが、他のダンジョンと接続されている場合もあり油断はできない。
でも、なんでダンジョンに?