5話 ブラッシングいいね
俺が捕まっている間に、他のヤギは逃げたようだ。
ここでも俺はスケープゴートなのか……。
狭い檻の中に閉じ込められ、俺は途方に暮れていた。
このまま売られてしまうのだろうか、それとも明日の晩のディナーを彩るお肉として、シチューの具にされてしまうのだろうか。
俺は雄だから乳はでない。食肉用にしか役に立たないはず……。
せめて羊に生まれていれば、羊毛を刈られるだけで生きていけたかもしれないのに。
とドキドキしていたのが3日前。
その後も特に何事もなく、俺は一日に一回、桶に入れられる干し草を楽しみゴロゴロしていた。
狭い檻の中で運動不足感はあるが、人間だったころ俺は休みの日は家でパソコンかゲームしている系の人間だったし、こうしてゴロゴロしているのもそう苦にならない。
暇な時間は自分のステータスや村の住人のステータスを眺めることにした。
名前 ジョン・ハンター
種族 人間
タイプ 人型生物
レベル ハンターレベル5
筋力 優秀
敏捷 普通
耐久 優秀
知力 普通
精神 劣等
魅力 劣等
スキル 攻撃レベル2、隠れるレベル2、知覚レベル2、製作(革細工)レベル2、サバイバルレベル2、知識(自然)レベル2、動物調教レベル2
アビリティ 武器習熟(中級)、鎧習熟(中級)、盾習熟(初級)、回避、持久力、獣の相棒、自然の模倣、コンビネーション、追跡術
俺を捕まえた犬の飼い主だが、俺とのスキル差がひどすぎる。
俺なんてスキル二つしか無いのに。
アビリティもなにやら強そうなのが並んでいるし、格差社会ってレベルじゃない。人間様には動物は勝てないということだろうか。
畜生なんて世界だ!
と、ここで疑問に思うのが、同じ動物である犬にあそこまで一方的にやられたのはなぜかというところだ。
人間はクラスを持てるので俺より優遇されているのは分かる。今の俺はモブの動物で弱いのは仕方がない。
でもそれならあの犬も同じはずだ。同じモブ同士でなぜあんなに差がある。
ヤギってそんなに弱いのか? 肉体能力はそれなりにありそうだし、角とか突撃とか戦えるアビリティもあるのに?
これを解明するにはあの犬のステータスを見るしかない。
ないのだが、ステータスを見るには、相手が視線の通るところにあることが条件のようだ。さらに相手のレベルと自分のスキルによってステータスが開示されるまでの時間が違う。
俺を捕まえたハンターは、たまたま檻の近くで昼寝をしていたことがあってステータスを知ることができたが、ステータスオープンを始めてから1時間もかかってしまった。犬はもう少し早く終ると思うのだけど、あの犬はここを横切るくらいだし、その時間だけでステータスを見るのは無理っぽい。
どうせ群れる草食動物のヤギは能力低くなっているに違いない。記憶は残っていないが、きっと転生するとき神様がなんか俺に悪意を持っていたのだろう。ろくでもない神様だ。
一日に一回餌を持ってくる人間は決っていた。
「ヤギさんごはんだよ」
大きなバケツに入った牧草をふらふらと危なっかしく抱えて歩いてくるのは、多分7~10歳あたりの人間の幼女だ。頭に小さいけれどヤギみたいな曲がった角が二本生えているあたりにちょっと親近感が湧く。
俺と接するのはこの子だけ、他の村人は俺には触れようせず檻の前に来ることすらめったに無いし、来てもただ俺のことを眺めるだけで特に何かしようとはしてこない。
「怪我も、もう大丈夫そうだね」
犬に噛まれた傷口にあてていた包帯と薬草を外しながら言った。
薬草とっいっても魔法使いが魔法の触媒を使ってポーションにしないかぎり、一瞬で傷を塞ぐような力は無い。普通の治療道具だ。具体的にはダメージを回復させる効果ではなく、治療スキルの効果を上昇させるという効果になっている。
この子のステータスは、
名前 ナタリー・ヴォイド・レオタール
種族 人間
タイプ 人型生物
レベル クロスブラッド レベル3
筋力 劣等
敏捷 優秀
耐久 優秀
知力 普通
精神 普通
魅力 卓越
スキル 攻撃レベル0、魔法レベル1、生存術レベル2、知識(自然)2
アビリティ 武器習熟(初級)、異種族の祖先、二重の血脈、秘術魔法レベル1
クロスブラッドとか異種族の祖先とか気になる部分はあるのだけれど、項目の解説は自分以外のステータスでは見れないらしい。
少なくともこの子は魔法を使えるらしいということは分かった。でも魔法を使っているところを見たことはないけど。
羨ましい、俺も魔法を使いたい。ヤギには無理なのか。ヤギ差別だ。
「ごめんね、こんなところに閉じ込めて」
魔法の才能を妬んでいたのが中途半端に伝わったのか、俺が檻に入れられて不機嫌になっていると思ったようだ。ナタリーは俺の隣に座ると、俺の首のあたりを撫で始めた。不機嫌になっているやつを撫でるなんてどういうつもりだと思わんでもないが、大人な俺は素直に撫でられてやっている。
「ヤギさん……ごめんね、私のせいで」
ナタリーはここに来るといつも謝る。なんで謝っているのか、肝心なことを教えてくれない。というか俺が「めぇぇ」としか言えないから理由を聞くということすらできない。
「めぇぇ」
「あ、そうだ、私こんなの作ったんだよ」
取り出したのは小さなブラシ。手作りのようでちょっと不格好だ。
「ヤギさんの毛並み綺麗だよね」
ナタリーはブラシで俺の身体を梳かし始めた。
全く、別にそんなもの嬉しく……
「めえええ!」
「良かった気に入ってくれたんだね」
おおお、ちくちくとちょうどよい力加減で肌を刺激して気持ちいい!
俺をなんで捕まえたのか知らなけれど、毎日ブラッシングしてくれるなら許してやろうという気になるくらいの心地よさだ。つい目を細めて鳴いてしまう。
「こんなことくらいしかしてあげられなくてごめんね」
いやいやこれは評価するぞ、ブラッシングは自分じゃできないし。
全身くまなくブラッシングしてくれるまで俺はメエメエと鳴き続けた。
よし許してやるから明日もよろしくな。