2話 もしかして異世界転生
(さあ起きて)
誰かがそう言った。
聞くだけで暖かくなるような声だ。
目を開けようにもまぶたがすごく重くて開けられない。
それにすごくお腹が減っている。喉もカラカラだ。
思わず声を上げると、意味のない泣き声にしかならなかった。
何かがおかしい。そう考えるより先にまずはこの空腹をどうにかしなくてはいけない。
とにかく目を開けないと。
俺は歯を食いしばって僅かに目を開けると、強烈な光に焼かれた。
どうやら俺は随分長いこと目をつぶっていたらしい。
強烈な光だと思っていたのは普通の太陽の光だったようだ。
ようやく目が慣れきた俺の目に、その光景が飛び込んできた。
(なんじゃこりゃあああ)
おっぱいだ。目の前には巨大なおっぱいが一面に広がっていた。
それを見た俺のお腹ぐぅぅと声を上げた。
喰らえ、喰らうのだ。
と俺の頭脳に要求してくるのだ。
ここでいう喰らえとは性的な意味じゃなくて、食欲的な意味である。もちろんカニバリズムでもなく、ミルクが欲しいという欲求であり、目の前に直面した空腹という問題を解決する手段が、やはりこれも目の前にあるおっぱいという形で存在するのだからそれを我慢することは……。
と、数秒間意味のないことを頭のなかで考えていたがとりあえず素直にむしゃぶりつくことにした。
極上だった。
どうやら俺は転生したらしい。
幼児の頭脳だからか、どうも考える能力に制限がかかっているようで、知っているはずのことが引っかかったように思い出せなかったりするが、新しい人生を生きるのにそのような知識は必要なのいのかもしれない。
兄の後ろを追って俺は走る。
太陽はキラキラと輝き、森の広間を緑の風が吹き抜けた。
(待ってよ兄さん!)
そんな俺達を母さんはサラダを食べながら見守っている。
自然に笑みがこぼれた。
セメントの上をうつむきながら歩いていたかつての俺にはこんな表情無かっただろう。
どうやらこの世界は剣と魔法のファンタジー世界のようだ。
なぜ分かったのかというと、俺の住んでいるところは森の中の小さな集落なのだが、森には大きな竜、ブロンズドラゴンが住んでいた。ドラゴンは生来の魔法使いだそうで、このブロンズドラゴンも魔法を使うことができるそうだ。
(竜のおじさん、またお話してよ)
俺の兄弟達は怖がって近づかないが、俺は実際に見るドラゴンに興奮し、森にドラゴンが帰ってきた時はいつもまとわりついていた。
ドラゴンは長生きだ。
俺がよく話すこのブロンズドラゴンも、700歳を超えるらしい。これでも竜としてはそろそろ青年とは呼ばれなくなるころ程度の若造らしく、おじさんよりもお兄さんと呼んで欲しいと、年甲斐もなく俺に訂正してきた。
竜からはこの世界のことについて教わることが多い。
今いる場所がドール大陸だとか、ここはラストウォールという王国で、過去の魔王との戦いの最終防衛ラインを守っていた騎士団の興した国だからそんな名前だとか、魔王はいないけれど魔物はまだこの世界に残っているとか、魔物は倒すとアイテムに変わる不思議な存在だとか、魔物による問題を解決するために冒険者という職業があるとか、そういったことを教えてもらった。
なによりも気になったのはダンジョンという存在だ。
地上ではもう魔王の力は無くなってしまいモンスターが新しく生まれることが無いのだというが、世界各地に残るダンジョンでは今も魔王の力が残っておりモンスターが常に生まれている。
そのモンスターを倒すことで地上では手に入らないような希少なアイテム、またダンジョンで倒れた英雄達の遺産など、腕一本で成り上がることができダンジョンに挑む冒険者は後を絶たないそうなのだ。
すごくワクワクする世界じゃないか。
兄弟達はこういう知識には無関心だ。
ここは食べ物も豊富だし、外の知識なんて勉強する意味なんて無いというのが兄さんの言い分だ。
(冒険者になるだなんてとんでもない、お前も元気なお嫁さんをもらって元気な子供を産むことが一番じゃないか)
そう言って兄さんは笑った。
確かにその通りかもしれないな。魔力チート的なものは俺にはないみたいだし。
竜のおじさんに魔法を習おうとしたのだけれど、お前には無理。と断言されてしまった。
こういう展開なら絶対魔法が得意になるかと思ったのだけれど、そう甘くはないらしい。
現代の知識を活かそうにも、どうも記憶が曖昧で計算能力も落ちてしまった気がする。かけ算九九くらいはできるけれど。
生まれる前の、次はもっと相手を突き飛ばしてでも自分の考えを通すという目的には程遠いけれど、そういう平和な人生でもいいような気がする。
母さんは白い肌に優しい顔をした美人さんだ。男たちも放っては置かないけれど、簡単には受け入れない身持ちの堅い女性で、そんな美人のおっぱいを吸える俺は密かに興奮を……なんてことを息子が考えているなんて知られたらきっと軽蔑されるよな。
集落に住んでいる仲間の数はそう多くはないけれど、全員顔見知りで彼女いない歴=年齢だった俺にも声をかけてくれる女の子が結構いた。
(ねえ、一緒に歩こうよ!)
逆ナンというやつだろうか。いやいや子供ならふつうのコトなのかもしれない。いや、でも俺もそろそろ子供でなくなる年齢になるし、向こうも結構乗り気で……。
まるで絵に描いたような青春、ビバ異世界!