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パラソル「実は仕組まれた迷子なんだよ」

”魔王城”は第14代魔王が建てた魔の国の宮殿であり、魔王およびその使用人が居住する御殿の通称である。

魔王が政務や貴族の謁見、国家的な儀式などを行う朝廷部分と、魔王が私的な生活を行う宮廷部分に分かれている。

主な設計者はトルネコ。

第14代魔王に愛されたドワーフの建築家である。

防衛機能と見た目の豪華さ、壮大さや居住性、どれをとっても一級品であるが、今だ謎の多い城である。


そんな大きな城のなかで、その主たる魔王は迷子になっていた。




「えっ、えっ、えっ・・・・」


しゃくりあげながらも、魔王は薄暗い廊下を彷徨う。


「アトリアぁ、アトリアぁあ!」


ただひたすら広大な魔王城は年寄りメイドですら知らない場所があるくらいである。

数日前に来たばかりの魔王が迷子になるのは無理もなかった。

しかしそれにしても、”彼”が繰り返すのはアトリアの名前だけである。

”こちらの世界”に生まれ変わって以来、覚えたのはその名前だけだった。

相手の名前を覚えるためには相手の顔かたちの特徴と関連付けるのが一番であるが、他人と目を合わせることができないのだ。

いつも文字通り相手の足元ばかりを見てしまう。

だから魔王は他人の名前を覚えることができなかった。

その唯一の例外がアトリアである。

果たして自分はここまで臆病だっただろうか、と魔王は涙目で己の頭に生えた黒い角をツルツルと撫でる。

人間だったころダメダメではあったが、日常生活が送れないほどではなかったはずである。

なんとかこの場所が”魔の国”であり、自分が一番偉い”魔王”であることを無理やり納得したのはついさっきの話だった。

おそらく自分はかつての世界で死んで、生まれ変わったのだ。

アトリアにとって多分に荒唐無稽な、自分が必死に聞かせた元いた世界の話を、彼女は信じてくれた。

そうしてアトリアは現在の状況を辛抱強く自分に言い聞かせてくれたのである。


そのあと彼女は、怯える自分と他人を必要以上に会わせないでいてくれた。

そんな彼女がいなければ、自分は何もできないのだ。


「アトリアぁ、アトリアぁあ!」


再び魔王はメイド長の名前を呼びかけながら、城内をさまよい始めたのだった。



















「ちょっと、家政婦長!

ひどいじゃないですか、私をおいていくなんて!

おかげで無駄にメイド長に怒られてしまったじゃないですか!!」


「お?

よく僕に追いついたね、リキュール?」


廊下で魔王を探していたパラソルは、リキュールに声をかけられ蒼い髪を翻して振り向いた。

口調こそいつもの軽いノリの彼女だったが、内心焦っていた。

なぜならば本来ならリキュールを出し抜いて、自分が魔王を見つけ出すはずだったのだ。

その前に追いつかれてしまった。


「でも、さすがはメイド長の右腕ですね。

こんな奇策、普通思いつきませんよ。

”わざと”魔王陛下を迷子にするだなんて・・・」


パラソルの隣に並んだリキュールが、誰かに聞かれるのを恐れるように声を潜めて囁いた。

そう、魔王の迷子は仕組まれたものだった。


「だって私、好きなんですもん。

魔王陛下のことが・・・。

でも今のままじゃ、あの方はメイド長しか見ようとしない。

だから一度、物理的にも精神的にもメイド長から引き離すという、家政婦長の見事な作戦ですね。

なんで好きなのかというと、最初は憧れのメイド長があれだけ大切にしようとする陛下への興味でした。

そしたらその気持ちがどんどん勝手に膨らんでいって・・・!!」


「うん、うん・・・」


てきとうにリキュールの熱っぽい語りを聞き流しながら、パラソルは思い悩んでいた。

こんな自分はとても自分らしくなく、とまどっていた。

まっすぐで純粋なリキュールが羨ましかった。

アトリアに叱責されて涙を流したのもリキュールの演技ではなく、本気のものだったのだろう。

自分はというと、自分の本音すらわからなかった。

なぜリキュールを出し抜いて、自分が魔王を見つけ出そうとしているのか。

アトリアの視線を一身に集める、魔王に嫉妬しているのか。

いったい私は・・・!?



メイドたちは、乙女していた。

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