僕「魔王城で迷子になった」
魔王には家族がいない。
”黒い森”にて千年に一度、とても特殊な誕生の仕方をするからだ。
母親がいなければ父親もおらず、兄弟もいない。
強いて言うならば先代の存在があるが、同時期に二人の魔王が生存したことなど前例がなかった。
よって今回転生した”僕”も、天涯孤独の身だった。
しかし”僕”には、寂しさを感じる余裕などなかったのだ。
なぜならば一癖も二癖もある魔王の使用人は、千人もいるのである。
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「魔王陛下を見失ったですってェ!!!!!!!!!!!?????????????」
「申し訳ありませんッ!!」
魔王城内部、メイド長の執務室に怒鳴り声が響いた。
その正体はメイド長たるアトリアが侍女のリキュールに落とした雷である。
リキュールは震えながら涙をこぼし、執務室の高そうな絨毯に頭を擦りつけた。
彼女は花系女性モンスターである「アルラウネ」だが、頭に咲いた可憐な花も今は元気なさげに萎れている。
リキュールが何より怖いことはアトリアを怒らせてしまうことだったのだから、仕方のないことである。
ちなみにアトリアを怖がっているのはリキュールだけでなく、魔王の使用人の大部分も同じだ。
そんなアトリアについたあだ名は”氷鬼”。
普段は氷のように冷静に職務を遂行していくが、一度怒らせると切れ長のつり目をさらに釣り上げて鬼のように激昂する。
そんな彼女が唯一蝶よ花よと大切に甘やかしてデレッとしてしまう、大事な大事な魔王陛下を城内で見失ってしまったのは最悪だった。
「メイド長、勘弁してあげようよ。
今は迷子になった魔王陛下を捜すのが大事なんじゃないの?」
不意に横から入った声で、アトリアは部屋にいるのが自分とリキュール二人きりでなく、三人だったことを思い出す。
「・・・そのとおりね、パラソル。
だけど上司に対しては敬語を使いなさい」
家政婦長のパラソルは、蒼く長い髪を揺らしてクスクスと笑った。
その正体はウンディーネ。
四大精霊『水』の元素を司る精霊である。
「嫌だな、メイド長。
君と僕の仲じゃないか。
そんな冷たいこと言うなよ」
「仕事中は別です!」
「はぁい・・・・」
アトリアはため息をついた。
確かにパラソルとは親友といっていい仲である。
本人にはけして言わないが、人間である自分とまったく壁をつくらずに接してくれる魔物など他にはおらず、そのことには感謝している。
ただしどうにも態度がフランクすぎるのがいただけない。
そのことにさえ目をつむれば有能な部下であり、同時に大切な友であるのだが。
そして、魔王陛下を捜すことが最優先であることはパラソルの言う通りだった。
アトリアは思い出す。
第99代魔王陛下と出会った、数日前のあの日のことを。
”彼”は泣いていた。
自分が生まれた世界の全てに混乱し、恐怖していた。
どうにか少しでも彼の不安を取り除こうとアトリアは努力したが、それがどれだけ効果を残したかは自信がなかった。
ものすごい数の護衛が囲む、”黒い森”から魔王城へと向かう馬車のなかで彼に膝枕をし、柔らかな白銀の髪を優しく撫でながら、静かに語りかけた。
自分があなたの敵ではないこと。
あなたが偉大な魔王であること。
自分があなたのことを心から愛しているということ。
自分の全てをあなたに捧げたいということ。
ふとアトリアは、ひろいひろい魔王城のどこか薄暗い廊下で自分の名前を呼びながら、泣きべそをかいて彷徨っている魔王を想像してしまい、いてもたってもいられなくなった。
(きれい・・・)
そんな悶々としているアトリアをなんとなくポケ―っと眺めていたのは、さっきまで彼女に怒鳴られていたリキュールだった。
リキュールにとってアトリアは恐ろしい上司であった。
しかし同時に、憧れの存在でもあったのだ。
若干25歳で魔王に仕えるメイド千人のトップに立ったエリート。
自分が周りにどう思われるかまったく気にしない冷たい態度と、乱暴に切られた黒髪のショートカット。
何の魔力も持たない人間の少女であるが、だからこそリキュールは彼女のことを心から尊敬していた。
そんなアトリアが思い悩む姿は、なぜだかとても魅力的だった。
「なにボケッとしてるの?」
「へ?」
「魔王陛下のお姿はここにいる三人しか知らないのよ!!!!!!????
パラソルはすでに捜索に入ったわよ?????!!!!!!!
あなたも一刻も早く魔王陛下を見つけに行きなさい!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
リキュールに本日二つ目の雷が落ちた。