アトリア「好きです魔王陛下」
<なんで?どうして?>
魔王に全てを奪われたあの日、どんなに生き恥を晒そうと意地汚く生き抜くことを誓って。
どんなに苦しくても悲しくても生き抜いて、必ず復讐してやると、そう決意して。
憎くて憎くて、つらくてつらくて、それでも長い間耐えて。
そしてようやく今目の前に<あの>にっくき魔王がいるというのに!
なのに、それなのに。
<私は家族どころか、人間すべての敵に一目惚れしてしまったかもしれない・・・!!>
そう思ったら余計にアトリアの心臓は鳴り響き、顔が赤くなっていくのを自覚した。
湧き上がってきたその感情は、怒りではないようだった。
実際に頬を触ってみると、熱かった。
というか魔王うんぬんを置いておいたとしても、こんな小さな少年を恋愛対象にみるってどうなの!?
そんなふうにアトリアが動揺に次ぐ動揺をしていたころ、ようやく「僕」の意識がはっきりと覚醒し始めた。
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「はぇ?」
まず目に入ったのは僕を見つめる目、目、目。
いつの間にか数十の人々に取り囲まれていた。
僕はごろりと地面に寝転がっていたようだった。
”他人の視線”が苦手である僕は、とにかくこの状態を脱したい。
こわい!こわい!
「す、すみません。
今どきますので・・・」
ごにょごにょと僕は誤魔化した。
その瞬間、周りが少し沸いた気がした。
なぜなのかはちょっとよくわからないが、今こうして僕がモノを考えて動いて喋っているということは、なんらかの理由で自殺が失敗してしまったということだろう。
それで、死んだと思っていた人間が生きていたのだから驚かれたのだ。
多分。
仕切り直しだ。
自殺は明日以降に仕切り直しだ。
焦りながら人の目線から逃げるべく、ともかく起きあがろうとして違和感に気付いた。
自分のもののはずの、手の甲をマジマジと見つめる。
小さな小さな手だった。
白くて美しい、か弱い手だ。
ぷにぷにしていた。
この小さな手は誰のモノだ?
というか・・・
「うわっ!!」
僕素っ裸じゃないか!?
慌てて丸出しだった股間を隠すと、ようやく周りの人影の正体が人間でないことに気付いた。
彼らは確かに一見では人間なのだが、よくよく見ると角や翼が生えていたりしている。
というかここはマンションの駐車場などではない。
土の匂いのする、高い木々に囲まれた森のようだった。
「え、えええ!?ええええっ!?!?」
僕は頭がおかしくなってしまったのだろうか。
それとも、死んで地獄に落ちたのだろうか。
ここはどこなのか?
僕は死んだのか?
僕はいったい誰なんだっけ???
ぐるぐるぐるぐる、といろいろな疑問や不安が頭の中でいっぱいになる。
そして。
「うわあああああああああ!!!!!」
なんだか泣きたくないのに、泣きだしてしまった。
ああ、こんなにたくさんの人?がいる前で恥ずかしい。
でも、でも。
怖い!!!!!!!!!
誰か助けて!!!!!!!!!!!
その瞬間。
魔王の涙を見た瞬間、アトリアの頭がサッと冷えた。
魔王の苦しみは取り除かねばならない。
この世で一番愛しているヒトの涙は見たくない。
「皆様、目の前におられる方をどなたと心得る!?
第99代魔王陛下であるぞ!
図が高いわ!!!」
アトリアの声で正気を取り戻したのか、魔の国でも有数の地位にいる者は皆、平伏した。
魔の国40億人を牛耳る、泣く子も黙る諸侯どもが、である。
泣きべそをかきながらきょとん、としている魔王に向かってアトリアはほほ笑む。
愛おしげに笑う。
「魔王陛下ご生誕を心より奉祝申しあげます。
この世界のすべてが、あなたのものです」
アトリアはようやく理解した。
この方のために生きて死ぬことこそが、私の生きる意味だったのだ、と。
ようやく次から場面が変わります