アトリア「まったく。魔王陛下に弓を引くなど、人間はとんだ愚かな生き物でした」
魔の国の中央部には広い森が広がっている。
それはそれは広い森であり、一度入ったら二度と生きては戻れないとのウワサまである。
通称”黒い森”。
高い木々が天からの光を妨げ、森の中に暗黒を作り出す。
そして”黒い森”には、ごく一部の人間にしか知らされない秘密があった。
その秘密こそが黒い森のどこかにある、”始まりの木”である。
一見では木に見えないほどの巨木。
普段はエルフの一族が誰も近づかぬように守っている神域であるが、今日この時だけは違った。
千年に一度、巨木はその枝に生命の実をつける。
魔王の命が宿った実だ。
それを摘み取り収穫する、大事な儀式の日だ。
アトリアは”始まりの木”を前にして、さすがに緊張をした。
口の中が乾いているのがわかる。
あれほど求め、恋い焦がれたものが、「魔王の卵」が自分の目の前にあるのだ。
それはなんともいえない光を発していた。
とりあえず皮の水筒に口をつけ、カラカラになった口を湿らす。
「はッはッはッ・・・さすがの”メイド長さま”も緊張するのだな・・・」
後ろから声をかけられたアトリアは振り向く。
「ルド様・・・」
アトリアに声をかけたのは、ドラゴン族のルドだった。
大きな翼をはためかせ、地上におりたつ。
ドラゴンとは言っても現在は人間体であるため、見た目は2メートルの大男といった外見である。
しかし巨大化すれば小山を抱えるほどの体躯を誇るのだ。
そんな彼が、猛禽類の鋭い視線をこちらに向けた。
ああ、そういえばメイドの子たちが整った顔立ちのルドのことをキャアキャア騒いでたっけ・・・と思い出す。
「安心しろ。
ここにおられるアトリア殿や貴族のお偉方、それにこれから生まれる第99代魔王陛下を守るため、万が一があった時のために我らはいるのだ。
空は我らドラゴンのほかに、ワイバーン、グリフォン、地上はミノタウロス、ウェアウルフ、ケンタウロス・・・」
名前だけで体が震えるような強力なモンスターを次々と数え上げるルド。
全て魔王の配下にいる種族だ。
魔王の配下に入ることを拒んだ種族は先代、すでに死んだ第98代魔王によって滅ぼされた。
全て、容赦なく滅ぼされたのだ。
圧倒的な魔力、暴力によって。
アトリアは地獄のような光景を思い出す。
黒焦げの死体の山に腰掛けて邪悪な笑みを浮かべる、魔王の姿を。
「しかし、アトリア殿がここまで出世されるとは、失礼ながら思いもしなかった。
メイド1000人を統括し、魔王陛下のお世話からご公務の補佐まですべてこなす、泣く子も黙るメイド長にまで成り上がるとは。
愚かにも先代の庇護を拒んだ、”人間”の子供が・・・」
一瞬、アトリアを見つめるルドの目に嘲笑、侮蔑の色が浮かんだ。
そう。
この世界にはアトリアのほかに人間はいなかった。
魔王によって、魔の国の軍隊によって皆殺しにされ、アトリアが唯一の生き残りとなったのだ。
「まったく。魔王陛下に弓を引くなど、人間はとんだ愚かな生き物でした」
アトリアは笑う。
「滅んだのは天命だったのでしょう。
私は自分の血が恥ずかしいです」
恥ずかしげに笑う。
アトリアの脳裏をはしるのは、最期の光景。
いつもボケッとしていた父は、「戦争に行きたくない、お前たちと離れたくない」と泣いて、幼い私を抱きしめた。
兄は普段弱虫だったくせに私と母を守るため、震えながら怪物に立ち向かっていった。
いつもガミガミうるさかった母は、私を守って剣で刺された。
まったく、ろくな家族じゃなかった。
そして、かけがえのない大切なものだった。
アトリアは手をギュウッと握りしめ、もう片方の手で懐のナイフを確認した。
彼女は自分の生きる意味を確認する。
生まれたばかりの魔王を暗殺するため、生きてきた。
例え刺し違えてでも。
千年に一度、巨木はその枝に生命の実をつける。
魔王の命が宿った実だ。
それを摘み取り収穫する、大事な儀式の日だ。
あれほど求め、恋い焦がれたものが、「魔王の卵」が自分の目の前にある。
アトリアはまた緊張し始めた。
だから皮の水筒に口をつけ、カラカラになった口を湿らした。
話がなかなか進まなくて、すみません




