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僕「ちょっと可哀そうかな」

「ほら、魔王陛下。

僕の手につかまって?」


その光景をメイド長アトリアが見ていたら、あまりの不敬さに卒倒したかもしれない。

なにせパラソルは水龍の上から魔王を見下ろし、ものすごいフレンドリーな口調で魔王に手を差し出したのである。

しかしこの場に彼女を批判できるような者はいなかった。


家政婦長であるパラソルは、ゼリーやサラなどのヒラのメイドからすれば、雲の上の存在だった。

殿上人だった。

殿上人の本来の意味は「かつて日本で平安時代の清涼殿(天皇の住まいのひとつ)に上がることを許された、以上の身分や役職」である。

ゼリーもサラも魔王の居城に住み込んでいるのだから一般民衆に比べたら殿上人であるのだが、2人ともパラソルに完全に怯えきってしまって黙り込み、縮こまってしまった。

たとえ(このグチャグチャな図書館、いったい誰が片づけるんだろう・・・)と思ったところで、パラソルに目を合わせることすらできないのだ。


図書館はひどい有様であった。

魔王、ゼリー、サラの三人のみを綺麗によけて、その他は水浸しだ。

あまりの水圧によって魔の国の成り立ちを絵で彫られた柱はへし折られ、大きな本棚もいくつか倒されている。

なにより、大量の本がぐずぐずにずぶ濡れで、ビリビリに破けてしまっていた。


サラは泣き出す寸前であった。

真ん丸パッチリの目に、今にも零れてしまいそうなほどに涙を溜めていた。


自分がこの惨状をきれいに掃除しなければいけない、つらい、だとか。

理不尽なまでの上司の暴力が恐ろしい、だとか。

そんなことはこれっぽっちも考えなかった。


ただ。


(本が可哀そう・・・)


彼女は魔王と同じような「本好き」なわけではけっしてない。

彼女の正体は”丘に住む女の妖精”バンシー。

死の予言者であり、”モノの死”に非常に敏感で、なんでも大切にする性格なのだ。

ゆえに、本に感情移入してしまっていた。



魔王は自分に手を伸ばしている、”味方のフリ”をしている家政婦長をマジマジとみつめた。

例えばアトリアが自分をみるような愛情のこもった視線とそれは、かけ離れたものだった。

冷静沈着、未知の生物を見る、冷たい目だった。

そしてパラソルのその眼は、己の主をみるのと同時に、自身もみつめていたのだった。


(魔王陛下。

君はいったい、なんなんだ?

僕にとって君は、なんなんだ?)


パラソルがいきなりこの暴挙に出たのには理由があった。


なぜリキュールをそそのかして魔王を迷子にさせ、さらには出し抜いて、自分がいちはやく魔王を見つけ出そうとしたのか。

アトリアの視線を一身に集める、魔王に嫉妬しているのか。


そのことで悩み、その答えを知るために端的に言えば、魔王に喧嘩を売ったのである。

つまりは頭のなかがパンクしてしまったのだ。

いつでも冷静でひょうひょうとした彼女の、理不尽で子供っぽい、八つ当たりのようなものだった。

か弱いショタを脅かし、ビビらせてやろうと思ったのである。

実のところは子供が親にすねて甘えるような、「”圧倒的上位の存在”にじゃれつく」ほうが正解に近かったが、本人は自分の本心がわかっていなかった。


「・・・パラソルさん」


魔王に名前を呼ばれて、パラソルは驚いた。

自分の名前を憶えているとは思わなかったし、はっきりと自分の目を見て、毅然とした態度で呼びかけてきたのだ。

舐めきった態度で差し出した自分の手を、魔王が握り返すことはなかった。

甘えん坊でアトリア以外にはろくに会話もできない、自分が知っている魔王ではなかった。


「僕が好きな”本”を滅茶苦茶にしたのは、取りあえずおいておきます」


あ、僕と”一人称”が同じなんだな、とパラソルは今さらながら他人事のように思った。


「あなたのように、弱者を脅すために暴力をふるう人を僕は軽蔑します。


とても残念です」


魔王は怒っていた。

最高位にいる自分に無礼なふるまいをしたことにではなく。

自分が好きな本を乱暴に、ぞんざいに扱われたことにではなく。


魔王にとって取るに足らないはずの、遥かに地位が低い者を守るために怒ったのだ。

大きな敵に立ち向かい、その小さく華奢な体を精一杯に伸ばして。



ショタコンのサラは、その姿になんらかの光を見たような気がしたが、それは瞬きとともに消えてしまったため、気のせいかな、と首をひねった。


瞬間、パラソルが乗っていた水龍がその身を崩壊させ、単なる大量の水と化した。

彼女の意志を離れた水は魔王たち三人に襲いかかるが、それに関しては”ウォーターリーパー”たるゼリーが難なく防いだ。

後に残ったのは、魔王に叱られて若干涙目のパラソルと、それをみて動揺を隠せなかった彼女の二人の部下だった。

魔王は「ちょっと可哀そうかな」と思い。


「僕も手伝うから、一緒に片付けましょう?」


そう言って、笑いかけた。

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