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パラソル「魔王陛下、おまたせ。 じゃあ、お部屋に戻ろうか?」

図書館というのは、本を読むところだ。


例えば元の世界、”僕”の地元にあった図書館では、地下に休憩スペースがあって、飲食可能であった。

ネットが無料で使えて、DVDが視聴できた。

漫画だって、読み放題だった。

今どきの図書館はなんでもできるのだ。


ところが”僕”は、ただひたすら本を読んでいた。

誰も読まないような、誰からも忘れられた、ホコリの積もった本を片っ端から読破していた。

誰からも必要とされない自分を見ているようでつらかったから?

学校のいじめや叔父さんの虐待からの逃避の意味もあったと思う。


しかしただひとつ確かだったのは、本がすきだったのだ。


そして魔王城内第一図書館で、魔王となった今も本を読んでいた。

なんだか久しぶりに本を読んだ気がする。

なにせ自殺するところまで追い詰められたのだ。

そんな、本を読む余裕などあるはずもない。

そこにあったのは、ドキドキワクワクの興奮ではなかった。

家に帰ってきたような、ただ静かな安心感だった。



そして静けさは、唐突に破られる。

閉じた世界は再び開かれ、異世界へと現実が帰ってくる。


「魔王陛下は、本がお好きなんですか?」







声をかけてきたのは、図書館で何らかの作業をしていたメイド二人のうちの片割れだった。

灰色のマントをメイド服の上に羽織った、サラと呼ばれた少女。

シャーベットカラーのパープルのメイド服は、ギンガムチェックがさわやかだった。

灰色のボブカットを揺らし、何が楽しいのかニコニコしている。


「好き・・・ですけど」


魔王が出した声には、明らかに不機嫌な色が出ていた。

大好きな読書を邪魔されたからだ。

しかし別に、メイド二人には怖がる様子がなかった。


(か、かわいい・・・・)


魔王本人は鋭く睨み付け、怖い顔をしたつもりだったのだろう。

しかし、それは実のところ、単なる頬を膨らませた美少年なのだ。

サラの顔は”ショタコン”のあだ名に恥じぬにやけっぷりで、素直に鼻の下を伸ばし、メガネの方の”ゼリー”と呼ばれた少女は、わざとサラをたしなめるような難しい顔をした。

しかし口の端が微妙に持ち上がっていた。


と。


その時ゼリーは不意につぶやくように魔王へ質問した。

唐突にわいた疑問だった。


「そういえば陛下、こんなところで、どうされたのですか?

なにか図書館で欲しい情報があって、捜しに来られた、とか・・・?」


思えば魔王は一人で図書館に来た。

普通に考えて、魔王が居室以外で一人でいらっしゃることなど考えられないのだ。

たとえ部屋で一人でいらっしゃるときにも、外にはお付きの者、護衛がいる。

いかに自らの城内であったとしても、孤独に出歩いていることなど不可解である。



ゼリーの思考は深く、深く沈んでいく。


そういえば自分には魔王が城内に入ったことなど申し送り事項として入ってこなかった。

サラも知らなかったことから、伝達ミス、もしくは自分が聞き逃したというのは考えにくい。

最重要の情報であるはずが入ってこなかった。

少なくとも下級使用人には意図的に知らされていなかったのだ。


それはなぜか。


そこまで考えたところで、ふとゼリーは水の匂いに気付いた。

彼女の正体は”ウォーター・リーパー”という妖精で、「水」が専門である。

その気配は、図書館外から漂ってきた。


「?」


「陛下、下がっていてください」


図書館出口に向かい、魔王を背に、立った。

脅威から魔王を守るために。


ゴオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!!!!!!!!!!!!!


濁流が図書館を襲った。

出口をぶち壊してからなだれ込んだ多量の水はそのまま、バキバキと音をたてて柱だの本だの全てを飲み込んで押しつぶしていく。

そのあまりの勢いにサラと魔王は圧倒され、唖然としてしまった。

何もできなかったのはゼリーも同じだったが、何もできなかったのではなく、何もしなかったのだ。

水を操る能力をもったはずの彼女が、歯噛みしながら何もしなかった。

なぜならば自分では逆立ちをしても叶わない、完全な上位互換がその水の操り手だと気付いたからだ。

水を完全に自分の支配下におき、”治水”と呼ばれた女。


「魔王陛下、おまたせ。

じゃあ、お部屋に戻ろうか?」


あまりの高密度の魔力によって多量の水を巨大な龍の形に変化させ、その頭の上に涼しい顔をして傘をさして立ったその女は、家政婦長パラソルだった。

精霊の美しく、蒼く、長い髪が揺れていた。



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