ソフィア「殺すぞ?」
「なーにが
”単刀直入に言います”だ?
私の分身になってもらう、とか意味不明だろ。
まわりくどいにもほどがあるぜ。
他の連中はともかく、俺に舐めたマネしてっと・・・殺すぞ?」
ソフィアの発言に、魔王城内第一会議室に緊張が走った・・・ということは、なかった。
言葉遣いが乱暴なだけで、その内容は単なる軽口だったからだ。
それに会議室に集まった面子が面子である。
なにしろ超エリートの”魔王の使用人”のなかでもトップのほんの一握り、キワモノ中のキワモノだけがこの場に集まっているのだ。
いかに全メイドどころか、魔の国でも指折りの戦闘力を持つ彼女が自分たちの長に、あまりにも直接的な罵倒を投げたからと言って、たいして動揺するような魔物はここにいなかった。
ちなみに侍女のリキュールは、(あ、たしかにちょっとわかりにくい気がする)と、こっそり同意していた。
ナルシストのチカは自分の前髪が気になり、クリクリといじくっていた。
発言した当人、ソフィアは魔王の護衛として雇われた、特別枠のメイドだ。
彼女の階級は「アルラウネ」のリキュールと同じ、侍女である。
女ながら180を超える長身と意志の強そうなふとい眉は、見るからに強そうだった。
金色に輝く長髪は、本人の粗野な性格からは想像できないほどに艶があった。
そして何より目をひくのは、腰に差した刀であった。
「死ぬのは君だ、ソフィア。
メイド長に謝りたまえ」
ところで、”純粋な戦闘力”のみでソフィアに対抗できそうな者は、この場に一人しかいなかった。
メイド長アトリアの右腕、パラソル。
彼女は四大元素『水』を司る精霊である。
ナンバーツーである家政婦長は、戦闘力では魔物に圧倒的に劣る”人間”であるアトリアの護衛を兼ねているのだ。
彼女はアトリアに全幅の信頼を置かれている。
パラソルはどこから取り出したのか、傘の先をまっすぐソフィアにむけていた。
「お?
”治水”のパラソルが相手をしてくれるのか?
そいつは願ってもない展開だぜ・・・」
ソフィアは舌なめずりをし、刀のつばに指をかけた。
喧嘩好きを通り越した戦闘狂の彼女は、普段から人の神経を逆なでするような物言いをしていた。
なぜなら戦国時代ならいざ知らず、魔の国はれっきとした法治国家である。
それは並みの貴族よりも地位の高い”魔王の使用人”であっても例外ではなく、他の魔物を傷つければ罰された。
例外があるとすれば、魔王くらいのものである。
自分から仕掛けたとなれば、さらに罪が重くなる。
だからソフィアは、常に相手から手を出させるようにしていた。
「やめなさい、2人とも。
そうね、言い直すわ。
今まで私がほとんどの時間、魔王陛下のお世話をさせてもらっていたのだけれど、その大切なお役目を、あなた達に任せます」
アトリアが宣言した瞬間、場がしんとした。
パラソルは微妙な表情をして、着席した。
「魔王陛下は、心から信頼できる部下を必要としています。
そこでまずは、この場にいる幹部十五人を魔王陛下に引き合わせます。
早番、日勤、遅番、夜勤に一日を分け、順番に魔王陛下の一番おそばで、日常のお世話をしていただきます。
まずはあなた・・・・」
アトリアが、まっすぐソフィアを指差した。
アトリアはニッコリ笑い、ソフィアはニヤリと顔をゆがませた。
ソフィアの金髪がキラキラと輝いた。
メイド長アトリアはなぜだか、ソフィアに自分に近しいものを感じ、一方的に信頼していた。
それは悲しいほどに一方通行だった。
何が近かったのか、よく考えるべきだったのだ。
二人の共通点は、確かにあった。
それすなわち、”魔王への殺意”。
戦闘狂は、アトリアの予想以上に狂っていた。