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僕「今までよく頑張りました」

時はさかのぼり数日前、場所ははなはだしい数の護衛が囲む、”黒い森”から魔王城へと向かう馬車のなか。

城に到着するまでの間、「僕」こと魔王は泣きっぱなしだった。

アトリアにとって、それはとてもいじらしくて愛らしい様子だったが、それでも可哀そうなものは可哀そうなので、どうにかしてやりたくて仕方がなかった。

思わず彼女もつられて泣きそうになるほどであった。

「どうにかしてやりたい」などとおこがましい言葉は口が裂けても言えないほどに、自分と'彼'とでは地位が違いすぎることをアトリアは重々承知の上だったが、それでも彼を救いたいという気持ちは本物だった。


「陛下。

私の家族は、あなたの前、先代の魔王に殺されたのです」


アトリアの対面、ふかふかのソファに身をうずめてメソメソと泣いていた魔王は、初めて顔をあげた。

この世界に来て、はじめて相手をまともに見た。

20代の少女だった。

彼女の瞳は嘘のつかない、真摯な黒色だった。

切れ長の釣り目、というときつい印象を与えるものだが、「僕」はここまで優しい目ををみたことがなかった。

少女はその物騒な言葉とは裏腹に、優しく微笑んでいた。

あごが細い。

「僕」の視線が細い首筋を伝って、不釣合いなほど大きな胸に差し掛かったところで魔王は顔を真っ赤に染めて急いで目を逸らした。


しかしアトリアはそんな魔王の様子に気づくことはなかった。

なにせ混乱の渦中にいたのだから、そんな余裕はなかったのである。


<今私はなにを口走った!!!!?????>


「殺された」という言葉は先代の魔王を非難するような響きをもち、アトリアが反逆罪としてすぐさまその場で処刑される効力をもったものだった。

そして、それだけではアトリアの口は止まらなかった。

止まれなかった。


「陛下、私は今日まで、復讐のために生きてきたのです。

ですから本当は今日、あなたを殺すつもりでした」


魔王が、びくりと、震えた。


今度はアトリアの右手が勝手に動き。

いや。

勝手にではなかった。

まぎれもない自分自身の意志によって、そうしたのだ。

憎しみだけで生きてきた自分が、生かされてきた自分が、初めて「生きたい」と思ったのだ。

目の前の、儚げな少年と共に。


白魚のような指は、懐からナイフを取り出し、魔王に握り部分を差し出す。


「私は反逆者であり、裏切者です。

今この場で殺していただいて、構いません。


しかし・・・」


そこで初めてアトリアは魔王から視線を外し、俯く。


「もし許していただけるのであれば、どうかあなたのそばに置いて下さい。

奴隷扱いで構いません。

あなたと共に生きたいのです・・・」


唸り声のように漏れた言葉と共に、ついにアトリアは目をつむった。

自分の未来、運命を見据える勇気がなくなってしまったのである。

奇しくもそれは、己の死を見つめられずに飛び降りた「僕」と一緒だった。

身を固くしていた彼女は、自分の手からナイフが取り上げられたのを感じた。

車内には魔王と彼女しかいないので、誰がそれをしたのか、すぐに理解し、震えた。


<”魔王”とは、残酷な生き物の代名詞である。>




その瞬間、アトリアが味わったのは痛みではなく、包み込まれる暖かさだった。

いつ以来だろうか。

家族を失って修羅の道を歩き始めて以来、記憶にない暖かさだった。


目を開けると、自分は魔王に抱きしめられていた。


小さな小さな魔王の体はとても大きく、深く、心から安心できるものだった。

とてもいい匂いがして、アトリアはドキドキした。

自分にもこんな感情が残っていたのか、と驚いた。


「本当のことを教えてくれて、ありがとう。

今までよく頑張りましたね。

これからも僕を助けてくれますか?」


魔王の深緑の瞳は涙にぬれていたが、確かに笑っていた。

魔王自身が不安で仕方ないはずなのに、自分を励ますために笑みを浮かべたのだ。

自分のような取るに足らない存在のために。

それは全てを包み込むような優しさにあふれていた。



「うううううううううううううう!!!!!!」


自分の目から、涙が次から次へとあふれ出し、久しぶりに大泣きした。

声を上げて泣いた。

そんなアトリアを魔王は、優しくあやし続けた。

先ほどまでの関係性とは一転、まるでアベコベだった。


外にはものすごい数の護衛がいたが、その時たしかに、世界は自分たち二人きりだったのである。


しかし、アトリアは同時に理解したのだ。

直感で確信した。

彼は、第99代魔王陛下は、歴代で最も偉大な王になるだろう。

そして自分ひとりでは、この偉大な魔王を助けるには非力すぎる、と。


自分と志を同じくする、腹心の部下が必要だ。


その時感じた胸の痛みは嫉妬心か独占欲か、それともなんだったのか、アトリアにはわからなかった。


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