ゼリー「それはとてつもない美少年だった」
その少年が顔をのぞかせた瞬間、埃っぽい図書館にパッと綺麗な花が咲いたように感じられた。
ゼリーは呆気にとられ、普段のくせで眼鏡を手のひらで押し上げる。
少年はどこか気品を感じさせる寝間着姿だった。
細い手足と白銀の髪が色の白い山百合のようにやさしく、涙にぬれた深緑の瞳は相手の嗜虐心と庇護欲を同時に刺激するものだった。
赤い唇が楚々とした艶やかさを演出している。
見るものをゾクリとさせる、悪魔のごとき美しさだった。
そして、少年の頭に生えた黒い角が二本。
ゼリーは、自分が小さい頃に祖母に聞かされたおとぎ話を思い出した。
その昔、魔の国を興した、黒い角を二本生やした王の話を。
彼女は不思議な気持ちになった。
神話の世界の生き物が、今目の前にいるのだ。
「びしょうねんんんんんんんんんんんんん・・・・ぐえっ!?」
嫌な予感がしたゼリーは、自分と同じように少年を見て呆けていたサラの灰色マントを掴んだ。
するとタイミングよく少年に突撃していったサラの首が絞まり、彼女の喉から妙な音が鳴った。
長い間女の園にいたサラは、男に飢えていたのである。
しかも彼女の大好物の美少年なのだから、無理もない。
ただ、相手が悪すぎた。
「なにすんのよ!」
咳き込みながらも抗議するサラに対し、ゼリーはさらに追撃する。
足を払い、転ばす。
「いだっ!?」
そうして自分は深々と頭をさげた。
「大変失礼いたしました。
この者は私が後ほど厳しくしかっておきますので、どうかお許し下さい。
魔王陛下」
そこでようやく自分が抱きつこうとした少年の正体、黒い角に気付いたサラは顔を真っ青にする。
ゼリーはというと、自分の声が震えていないのが意外だった。
相手はなにせ、悪名高い魔王である。
いかに見た目がひ弱そうだとはいえ、自分など瞬時に髪の毛一本残さずに消し飛ばせる程度には、膨大な魔力を持っているはずだ。
例えば先代の魔王の気に障ったなら、運が良ければ苦しまずに殺してくれて、運が悪ければジワジワとなぶり殺しにされた。
さらに運が悪ければ、一族郎党皆殺しである。
その身近な例、とは言っても雲の上の対象だが、メイド長アトリアがいい例だ。
しかし・・・
ゼリーは、少年の目を見つめる。
濡れた深緑の瞳が、少し優しくなった。
ゼリーには彼がうわさ通りの残酷な生き物には、とても思えなかったのだ。
魔王はニッコリと笑った。
サラとゼリーは、頬が燃え上がるように熱くなるのを感じた。
「許します。
ここは図書館ですか?
すごくたくさんの本があって、驚きました」
魔の国40億人の象徴たる魔王は、鈴を転がすような声の持ち主だった。